高3の夏とは、教師は生徒をやる気にさせようと躍起になり、生徒は生徒で焦り出す。

そんな時期です。


ふと外を見やればいつかの桜はとうに散り、強い日差しが校庭を照らしています。

こんな中校庭に出たら私は溶けてしまうのではないでしょうか?

もちろん人がこの程度で溶けることはありません。

比喩表現です。

「神崎、この問題解いてみろ。」

数学担当の入住先生がチョークで黒板をコツコツと鳴らし、険しい表情で私を見ています。

どうやら考え事をしていたことがバレてしまったようです。

「はい」

返事をして立ち上がると
38人の視線が私に集まった気がしました。

ちなみに私のクラスは全部で40人です。

この瞬間に私を見なかったのは私自身、そして一番後ろの席で数分前の私のようにぼーっと外を眺めている男の子。

私が言うのも何ですが彼も相当変わり者だと思います。

彼の話はまた今度にしましょう。
とは言っても無口な彼とはなんの関わりもありませんが。



こんなことを考えながらも難なく数学を解いた私は何も言わずに席に戻りました。


「正解だ。」


少し悔しそうな表情で私を見る教師にむかい微笑むと深いため息をつかれてしまいました。


「さすが綾音!
入住すっごい悔しそうだったね!」

ニヤニヤしながら小声で話しかけてきたこの少女は間宮奏といいます。

異常に明るい私のお友達です。

「まぁね。

これくらいは余裕よ。」

わざとらしいほどに自慢げな顔をしてにやりと笑い彼女を見ると、彼女も私と同じような笑みを浮かべ指先で音を立てないように小さく拍手のようなジェスチャーをしました。

その姿は小動物のようてとても可愛らしいものです。

そんな彼女でしたが入住先生の視線に気づいたのか急に真面目な表情になり黒板を写し出しました。

私も彼女を見習って自分が黒板に書いた回答をそのままノートに写します。

少し前に解いた問題をノートに書き写すなんて無意味だと私は思いますがノート提出があるのですから仕方がありません。



そんななか待ちに待ったチャイムの音が私たちを解放してくれます。

何の変哲もないただのチャイムでも学生にとっては救い以外の何物でもないのです。

学生と一括りにするのは間違いかも知れません。
もしかしたらそんなふうに考えているのは私だけなのかもしれませんから。


奏やクラスメイト数人に別れの挨拶をして私はいち早く教室をでます。


ですがそんな私よりも早く教室を出ていく人がいます。

それはあの無口な彼。
朝日奈くんです。


やっぱり今日も彼とお話することはできませんでした。

いつか彼と数学の時間に外を眺めて何を考えていたのかかたりあいたいものです。

彼がもし私と同じようにしょうもないことを考えていたらと想像すると少しワクワクした気分になります。



彼のことを考えながら外に出ると教室でみた強い日差しが私を照らしました。


スクールバッグを肩にかけ、女の宿敵である紫外線に顔をしかめながら私は今日学んだことを思い出そうとしました。

何か思い浮ぶと思っていたといえば嘘になります。

同じ24時間を無制限に繰り返す中の今日という1日で私は何も学んでいないと本当はわかっていたからです。



ですが私はふと思いつきました。


「この程度の日差しじゃ人は溶けない」

元からわかっていたことですしどうでもいいことですがそれでも良かったのです。

私は太陽光で熱せられたコンクリートの上を少し憂鬱な気分でまた歩きだしました。