私はある一匹の狼と出会った




夜の森
私は子供のために餌を探していた

そしてどこからか生臭さが立ち込んだ

私はその臭いにおびきだされるように歩いた

餌の臭いだった

私は松の木々を避けながら血の臭いの方へ駆けていく

そして見つけた

夜の光に芽生える一匹の兎

きっと私は獲物に夢中で周りが見えていなかった

その横にいたのはおおかみだった

立派な毛並みの狼と目があった瞬間、狩られる側と狩る側の判別は一瞬だった

私は必死に逃げた

さかを下り、川を飛び

しかし奴は私よりも速く高くジリジリと足音が近づいていった

私の脳裏にはあの兎が浮かんでいた

私もあのようになるのだろうかと

私には子供がいる

いや、それはきっとあの兎も同じだろう

やがて私の体力は底をついた

折れた木々に足をとられ転んだ

狼はゆっくりと私の前にたちそしてその鼻息で私を絶望へと落とした

私が覚悟を決めたとき狼の目に殺気がないことに気づいた

「狼さんよ。私には子供がいる。これから一人で生き抜いていけるように私が見なければならない。だから見逃してくれないか」

狼はその言葉で哀愁の目をつくった

狼は言う
「私も親の狼だ。だからあんたの気持ちもわかる。だがこの世は食って食われる世界。本来情けはない。」

「これは情けでしょうか。私は子供のために死ぬ覚悟はとうにできてる。だがまだ我が子は幼い。我が子が旅立ち、私の悔いがなければいつでも食われましょう」

私は必死だった。

そして狼は月を見ると何か覚悟を決めたようだった

「……私の命はそう長くない」

狼の様子がおかしかった

「どうかされたのですか」

「私は餌を求めるあまり胸に怪我をおってしまった。もう時間がないかもしれん」

狼の胸からは血が出ていた。おそらく二、三日前の傷だろう

傷は深い。もってあと一時間だろう

「そんな傷でなぜ私を追いかけたのですか?」

空の色から黒が抜けていく

「私には生まれたばかりの子供がいる。私が育ててやらなくてはあの子は死んでしまう。だが私は死んでしまうのだ」

私はどうしようもない気持ちになった

「ひとつお願いがある」

「なんでしょう?」

日が出始めた

「私の代わりにあの子を育ててやってほしい」

私は返事に困った

だが私には首を縦にふるしかなかった

「わかりました」