「ただい...」

「おかえりぃ、佐崎くん」


僕が言い終わる前に、彼女の声が聞こえた。


「うん、ただいま」


彼女の表情は、いつもより不自然な笑顔だった。


「あのね、佐崎くん」

「何?」


彼女は言いにくそうに目を逸らした。


「どうした?」


僕は彼女の言葉を促す。

すると彼女は、口を開いた。


「みんな、いつか私のことを忘れるんだよね」


僕は、何も言えなかった。

いつかは、忘れる。

彼女のことを、いつか。

僕も、もしかしたら忘れるかもしれない。


「私ね、忘れてほしくない訳じゃないんだよ」

「え?」

「うーん、どっちかっていうと、忘れてほしくないんじゃなくて、思い出されたくないんだ」


彼女はなんだか難しいことを言う。

僕は首を傾げて見せた。


「あはは、今変なこと言うなーコイツって思ったでしょ?」


無邪気に笑って、彼女は言う。


「忘れられたら、忘れられたままでいい。思い出して悲しまれたりしたくないんだ。だから、私はね」


彼女は僕に微笑む。

儚い、消えてしまいそうな笑顔だ。


「佐崎くん以外の人の中で、元々私がいない世界になってほしいんだ」