「ママはいらないよ。ナナ、いっぱい食べてね。」


悲しげな顔でにっこりと笑う。


…私の中のお父さんの出てくる記憶はそれだけ。


そして、そのお父さんの顔はいつだってのっぺらぼう。

顔なんて、ないんだ…。






小学1年生の夏休み。

お母さんは神経内科に入院した。


「心が少し疲れちゃったの。すぐよくなるからね。」

お母さんの言葉を聞いてもお母さんが死んじゃわないか心配で仕方なかった。


その間、私はお母さんとふたりで住んでいたマンションの5階にひとりで住んでいた。

ご飯やちょっとしたお世話は同じマンションに住むご近所さんのおばさんが代わる代わるしてくれた。

お風呂はどうしてたのか、とかそういう細かいことは思い出すことも出来ない。

ただ淋しくて泣いたことや、帰ってきても真っ暗な部屋。
それに自分で回すカギ。
カギをなくしてずっと外で泣いたこと。

そして

お家に入れなくて我慢出来ずにおしっこをもらしてしまったこと…。

そんなことばかりを覚えている。