緑の映える7月、晴れ渡った青空の下。

蝉が力強く鳴く季節の田んぼのあぜ道で、少女が叫ぶ。

「那智に近づくな!」

藤崎みね、当時12歳。

強敵はいつも通学路にいる。

「んだよぉ、泣き虫なチビだな!」

「女子に守ってもらおうなんて、男らしくないなー!」

対峙した上級生の声が飛ぶ。

みねの後ろに泣き虫な一つ下の少年、真崎那智がこっそり隠れる。

「うぅ……っ」

「那智の弱虫!」

通学路の上級生は那智を見るたび、いつもからかっては泣かし続けている。

「うるさい!!お前ら、そもそもよってたかって上級生が!」

「なにぃ?」

カチンとくる上級生に、みねは喧嘩をふっかける。

「悔しかったら、ひとりの力で強さを証明しろ!!それも出来ない奴が喧嘩する資格なんてねぇよ!」

「こいつ…!」

指をならし近付いてくる上級生たち。

「あっUFO!」

「えっ」

みねの一声で上級生が油断する。

「那智行くぞ!」

「え」

那智の手を強く引き、その場を猛ダッシュで走り去るみね。

「おい、逃げたぞー!」

「また逃げるのかチビども!」

「卑怯な真似しやがってー!」

追いかけてくる上級生を引き離し余裕で目をくらませる。

「……はあ、はぁ、どっちが卑怯だっての」

息を切らしたみねはボソッと呟き、那智を見る。

「那智、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……うん…」

山のふもとの木陰で、2人は座り込んだ。

下を俯く那智。

「僕に、あいつらを倒す力があったらいいのに…」

「……なに言ってんだよ」

悲しそうな顔をする那智に、みねは笑う。

「那智は那智のやり方があるんだよ、倒すだけが正義じゃねーよ」

「でも」

那智が目に涙を浮かべる。

「毎度みねにかばってもらって逃げてばっかり…僕強くなりたいよ!」

「……那智」

困った顔をするみね。

「強さって力比べじゃないよ、逃げるって言い方はよくねぇな」

「…だって」

「那智はさ、むかつく奴を傷つける事が正解だと思う?」

「……」

「よく考えてみるといい、またその答えを聞くよ」

みねは怒らない。

那智は優しいみねしか知らない。

「さあ、帰ろう那智」

にっこり笑うみね。

「うん」

優しくて、気丈で、しっかりした姉のよう。

那智にとって、かけがえ無い存在であることは確かだった。

そこへ白い軽トラックが通りかかる。

「よう、那智とみねじゃねーか」

「昇平おじさん!」

止まった軽トラックに駆け寄るふたり。

「どうした那智、また泣いてたのか」

見抜かれて真っ赤な顔をする那智。

「帰ってたの?」

「あぁ、さっきこっち着いたんだ。またうるさい都会に戻らないといけんがよー」

「へー」

昇平おじさんにはこの近所に親が住んでおり、普段は都会に住み働くが時々こうして帰ってくる。

みねが助手席の白い紙袋に気づく。

「なに、それ?」

「これか?みんなに土産だよ、せっかくこっち戻ったしな、2人にもやろう」

昇平がごそごそと紙袋から取り出したのは、名物のどら焼きだった。

「ほれ」

「わあ、ありがとう!」

「また後でふたりんちの親御さんとこにも挨拶にいくから、とりあえずそれおやつにしな」

「うん!ありがとう昇平おじさん」

みねはニコニコして礼をいう。

那智も頭を軽く下げる。

「ありがとおじさん」

「おう!じゃあまたな」

「ばいばーい」

軽トラックは走り出し、昇平おじさんは去って行った。

「さ、帰ろっか」

みねの声に負けないくらい、山中から蝉がうるさく鳴く。

むしろ、みねの言葉はかき消されていたかもしれない。

澄み切った青空には大きな入道雲がわき、風が吹き抜ける。

みねの後ろ姿が異様に眩しい。

そんな夏の日。

みねは、死んだーー。