「あなたは誰よ?」
いきなり声をかけてくるなんて、不審者なんじゃないの。私は、イライラしていた。
「君は、本当の自分をさらけ出したことがあるのか」今度は私の方へ歩きながら、ゆっくりと男は言った。
「こ、来ないで!質問には答えるからとまって!本当の自分って何よ。そんなのだしたことないに決まってるでしょ!今、イライラしてるの!話しかけないで!」
心の中にたまっていたストレスを全部、私は男にぶつけた。
「なんで出さないんだよ、陽花」
私ははっとした。上部だけとはいえ、私の友達も陽花と呼んだ子はいない。
私は男の顔をじっと見た。
「あなた…葵?」
そんな、まさかと私は思った。葵は、中学校の時に両親をなくして行方不明になっていたのだからー…
「正解!4年ぶりだな、陽花〜!!」
そういうと葵は走って私に抱きついてきた。
「ちょっ、ちょっと!離れなさいよっ」
「あ〜、めっちゃ久しぶりすぎるわ〜!!」
「聞いてんのっ?もう、いいかげんにしなさいよっ」
私は葵を突き放して、鞄を持って歩こうとした。
「もう帰んの?久しぶりに会ったのに?」
「さっき言ったでしょ、イライラしてるって。」
「あー、気分転換しに行く?」
「どこによ?」
「決まってんだろ、及川中の屋上!」
葵はそういうと私の手をつかんで走り出した。
揺れる短い髪の毛。華奢な体。私よりも少しだけ温かい手。
思い出す、あの頃の記憶。

私は中学校の時から、人と関わることが苦手だった。自分の言いたいことややりたいことはすべて押し殺して、周りに合わせていた。だから、いつも放課後になると屋上で大の字になって大声で叫ぶことが日課だった。
ある日、雨が降った。そして、その日の屋上で私は葵と出会った。
「雨降っちゃったね。いつも、叫んでる子でしょ、君。」
「聞いてたの?誰か知らないけど。」
私も葵も雨にぬれながら話す。カッターシャツが体にへばりつく。
「そりゃ、あんな大きな声だったら聞こえちゃうでしょ。俺の名前は、佐野葵。好きな女の子のタイプは、紫門陽花かな。」
「はぁ?なんで私の名前知ってんのよ。」
「前からきょーみあったから。ちょっと調べたんだよ」
「へぇ…、なんか探偵みたいね」
「ねぇ、いつも屋上に来てるの?」
そうね、と私は返す。
雨はだんだん強くなる。風邪ひきそうだから、早く家に帰らなきゃ。
「明日、晴れるらしいから来てよ。屋上。一緒にさけぼーぜ。」
「気が向いたらね」
「じゃあ帰るかー、一緒に。」
その時の私は、雨に打たれて寒いはずなのにどこか熱かった。
濡れちまったな、と私の手を引っ張りながら歩く葵を私は好きになってしまっていた。
いつも、恥ずかしくてそっけなくしてしまう私に、ここまで質問したり話を続けようとしてくれる人はいなかった。だからこそ、嬉しかった。
それから、毎日放課後になると葵と話すことが日課になった。
このままこの日が続けばいいのにって思っていた中学3年生の6月。雨の日。屋上。
葵は言った。
「陽花、好きだよ。俺と付き合ってほしい。返事は、いつでもいいから」
あの日と違って、一つの傘に体を寄せあって入っていた。
「わかった、明日…返事する。」
そう言ってバイバイをして、明日を楽しみにしていた。ずっと片思いだと思っていた、葵から告白されて明日から彼女になれるんだから。

なのに、7日。葵はいつまでたっても来なかった。卒業式まで。