湿度の高い曇天で、汗が服に染み込んでいくのがわかる。三毛猫を撫でる自分の手は泥にまみれ、汚らしい黒に染まっていた。
気持ちよさそうに喉を鳴らす猫を見下げ、やわらかな毛で覆われた腹を指先でなぞりつつ、周は昨夜の夫婦喧嘩を思い出す。
『どうして全部あたしのせいなの?帰りが遅いのはあなたもじゃない!だからあたしは養子をもらうのなんか反対したのに!』
『まさか、あの子が不登校になるなんて、オレにわかるわけがないだろう!』
『そんなの、あたしだってわからないわよ!……あたし、ちゃんと言ったじゃない。
自分の娘でもないあの子を、
愛せる訳がない、って』
猫のビー玉のように澄んだ瞳を見つめ、周は深いため息をこぼした。
……私が……なら良かったのに。
喉元まで出かかった言葉を押しとどめ、ヒゲを揺らす三毛猫に話しかける。
「……私、あなたに生まれたかった」
雨の日に冷たく痛む腹の傷を思うと、喉の奥が縮み、目元が熱を帯びた。かすんだ視界を灰色の空で一面に満たし、感情の高まりがしずまるのを願う。
それは、物心がついた頃からの、本人も気づいていない周の癖だった。
徐々に視界がクリアになっていき、周はまた視線を落とし、三毛猫を撫でる。
1つ、誰かの足音が近づいて来るのを感じたが、周は地面にしゃがんだまま、足音が通り過ぎるのを待った。
かすかに反響する音。
刹那、三毛猫が顔を上げたかと思うと一直線に空き地の奥へと逃げ込んで行った。
「……死にたい」
呆然と後ろ姿を見送り、周はうつむく。



