「溢れてるじゃん」
「うわっ」
唐突に肩を叩かれ、驚いて振り返った成海の視界に短い黒髪が飛び込んだ。
「あ、ごめん。びっくりした?」
目線のすぐ下で短髪の少女は目を細めて笑い、成海の肩から手を離す。
成海は一瞬声を詰まらせ、
「……河野か」
と呟いた。
「驚いた。なに?」
「なにっていうか……水飲みに来たら、成海がぼーっとしてたから」
なんとなく、声かけただけ。
見れば、詩織も同じ白と紺の体操服を着て、幼さの残る顔に汗の玉を流していた。彼女もまた左手に小ぶりの水筒を持っており、水を入れに来たらしいことを知る。
成海は水筒の蓋を閉じ、場所を譲った。
「ありがとう。ソフトボール部だから夏はすぐに喉乾くんだよねー」
詩織は無邪気な笑顔で言い、先ほどまで成海が水筒に水を注いでいたウォータークーラーに口を近づけた。
ペダルが踏まれ、温い水がゆるゆると噴き出す。
水筒を逆さにし、隙間が無いことを確認した成海は体育館の裏を一目見た。
いつの間にか7つの影は無くなっていた。
「なに見てるの?」
詩織は白い水筒に水を汲みながら問いかけた。
「いや……別に。なにも」
成海は視線を外し、彼女の横顔を一瞥して踵を返そうとする。その時、ふと詩織が思い出したように言った。
「そういえば、成海ってさ」
「なに?」
「葉月さんのこと好きだったりする?」
成海はゆっくりと見返り、詩織の背中を見て顔をしかめた。



