「松井さんが営業部に来た日、染谷さんはずっと社内にいたんです。それを知ってて私、染谷さんは外に出てるって……」


ぐすぐすと涙声になっていく彼女を眺めながら、私は大いに戸惑った。私の用事は雑談のような内容だったので、仲川さんがこんなに思い詰めているとは露にも思っていなかったからだ。


「染谷さんに叱られて、事の重大さに気付いたんです。私、周りが見えなくなっていて……」

「気にしないでください。私の用事は大したことじゃなかったので」


泣いている彼女を一体どう慰めていいか見当もつかず、おろおろと視線をさまよわせる。
仲川さんは、これまた彼女の雰囲気にぴったりなレースのハンカチを取り出すと、そっと涙を拭った。


「その、松井さんは不快に思うかもしれませんが」


一旦言葉を止めて、仲川さんは再び顔を上げた。まつげの先に涙が玉のようにくっついている。


「……私、染谷さんことが好きで」


ーー知っている。
以前私が、パーティションに隠れたこの同じ場所で偶然知ってしまったからだ。
仲川さんの思いは、きっと私のそれより深くて強い。それを思い知らされるような目の力だった。


「染谷さんが松井さんと話しているところを見る度に、嫉妬してました。だからあの時も咄嗟に嘘を吐いて」


悲しそうに微笑んだ仲川さんが痛々しくて、私の胸が潰されそうになる。


「染谷さんには〝社会人として、そんなくだらないことはするな〟って言われました」


そうですよね、と仲川さんは息を吐く。


「自分のことばかり考えて、社会人の自覚を忘れるくらい心の醜いことをしていました。本当にすみません」


もしかしたら嫌われているのかもしれない、と心の片隅で思っていたが、染谷くんの後輩教育は素晴らしいようだ。物事の大小にとらわれずにきちんと内容を判断して叱っている。私だったらなあなあで終わらせてしまいそうだ。

そして、きちんと謝罪が言える仲川さんに好感を持った。