「大丈夫?」


人混みの中から聞き慣れた声がする。
染谷くんはやはりちゃんと待っていてくれて、やっと追いついた私のバッグをつかんだ。


「貸して」

「い、いいよ、大丈夫だから」


慌てて引っ張るものの、力で勝てる訳もなく、私のバッグはいとも簡単に染谷くんの手に奪われた。


「松井、この中一体何入ってんの。重すぎ」


可笑しそうに笑われる。ああ、いつもの染谷くんだ。さっきの真剣な表情も、今の優しそうな目も、全部同じ染谷くんなのに。


今度はさり気なく隣に立たれてしまったので、否応なしに並んで歩くことになってしまった。染谷くんは私に合わせて、さっきよりゆっくり歩いてくれる。

商店街を半分ほど過ぎた頃、隣から小さい声で松井、と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「……幻滅した?」


染谷くんの横顔からは、さっき向けられた笑顔が消えている。


「本当はさ、松井の体調が良くなったら言うつもりだったんだ。でも松井、ずっと具合悪そうで」

「染谷くん……」

「そのうち、高瀬と一緒にいるところばかり見るようになって、勝手に勘違いしてさ。……情けないよな」


ガシガシと頭をかく染谷くんに初めて親近感を持った。そんな風に悩むこともあるのだと知り、新しい発見をした気分になる。もし私の体調が良かったら、もっと早くこんな風に本当のことを話せていたのだろうか。そんなことを考えかけて、考えるだけ無駄だと気付いた。

不意に脳裏に浮かぶのは、染谷くんの、何年経っても変わらず見せてくれる笑顔だ。あの新人研修の頃から今まで、どれだけ助けられたことだろう。

幻滅なんて、しようがない。