「私、もう帰るね。その、また勘違いされたら染谷くんが大変」


ガタガタと立ち上がってバッグをつかむ。このままここにいると、この間みたいに噂になってしまうかもしれない。


「松井」


染谷くんの声は耳の奥まではっきり聞こえていたけれど、わざと聞こえない振りをした。もうこのまま帰ってしまおうと、ドアへ向かって歩き出す。


「松井!」

「わっ」


ぐい、と強い力で腕を引っ張られて、私は思いっきりバランスを崩した。

反射的にぎゅっと目を瞑る。

テーブルは硬くてぶつかると痛そうだが、体勢は変えられそうもない。せめて頭を打たなければいいなと願いながらその瞬間を覚悟した。


(……あれ?)


固いものへ当たる衝撃はあったものの、ぶつかるというよりは包まれるといった方がしっくりくる。おそるおそる目を開けると、視界は真っ白だった。……ワイシャツの白。


「大丈夫?」

「ーーっ! ごめん染谷くん!」


上から降ってきた声で、染谷くんが私を抱き止めてくれたことに気付き、光の速さで飛び退いた。床に座り込んだまま後ずさる私を見て、染谷くんは心配そうに聞いてくる。


「むしろこっちがごめん。痛いところはない?」

「う、ん……大丈夫」


かろうじて返事をすると、はあ、とため息が聞こえた。


「ーーよかった」


聞こえるか聞こえないかギリギリの音量でそんなことを呟くなんて。
無意識とはいえ、ずるいと思う。


(私じゃなかったら、絶対勘違いするよ……染谷くん)


胸の奥がズキズキと痛い。優しさがこんなに苦しいものだとは思わなかった。