びっくりした、と呟いていたら、彼は熱々のスープ缶を手渡してきた。


「わっ、あっつ!」


想像以上の熱さに缶を両手で行ったり来たりさせていたら、染谷くんはさも当然のように言う。


「松井昼まだだろ。それ飲んで小腹を満たせ」


ビシッと決めた台詞に思わず吹き出した。


「小腹って……こんな量のスープじゃ満たせないんですけど。って、どうして私がお昼食べてないこと知ってるの?」

「俺、昼はシステム部の打ち合わせスペースでランチミーティングだったから。ミーティング中に松井の声が聞こえたんだ。大変そうなのにハマってんなーって」


(う、もしやアレを聞かれてた?)


システム部はカスタマーサポート部、それも私の所属するお客様相談室の真横に位置している。一応パーティションで仕切られてはいるものの、昼休みで閑散としているフロアでは電話の声も丸聞こえだったのだろう。
染谷くんに電話応対で狼狽えている姿を知られたのは、とても恥ずかしい。
こんなのが同期だなんて、彼もさぞガッカリしただろうな。


「あは、あはは。嫌になっちゃうよねまったくもう」


冷や汗が出てきた。
一緒に笑い飛ばしてくれればまだ気が楽になるのに、染谷くんは真顔で私を見ている。


(え?なに?そんなに幻滅しちゃったの?)


染谷くんの表情からは、まったく何も読み取れなかった。


「まつ」

ピリリリリー、ピリリリリー


染谷くんが何か言いかけたけれど、機械音に遮られた。胸ポケットから取り出した携帯電話の画面を見て、ハッとしたような顔。


「やべ、呼び出しだ。悪い松井、またな」


染谷くんは、慌てて休憩ルームを出て行った。バタンとドアが閉まった後には、自動販売機の機械音だけが低く響く。


(……やっぱり住む世界が違うなあ)


いつの間にか手の中で適温になった缶を開けてスープをひとくち飲むと、コーンの甘さがじんわり身に染みた。

この甘さはきっと、染谷くんの優しさだ。