「……あのさ。これ、今開けていい?」

「それはダメ! 恥ずかしいから家で開けて!」


もし今この場で開封されたら、恥ずかしすぎて奇声をあげてしまいそうだ。
染谷くんは時間を確認して、残ったコーヒーを飲み干した。


「ふふ、分かった。じゃあ俺もうひと頑張りするから、そろそろ行くよ」

「時間くれてありがとう。頑張ってね」


立ち上がった染谷くんにそう声をかける。すると、染谷くんは私の目を見て照れくさそうに言った。


「毎年誕生日は決算時期と被ってて憂鬱だったんだけど」


そこでいったん言葉を切った彼は、私の方へ近寄ってきて続けた。座ったままの私へかがみ込んできた染谷くんの右手が、私の頭へぽんと置かれる。


「……松井がこうして祝ってくれたから元気になった」


ーー帰り、気を付けて。
いつもの爽やかさに少し疲れを滲ませた目元を細めた笑顔を間近で見せて、染谷くんは店を出て行った。


「嘘だ。染谷くん絶対疲れてるよ……」


いつもの彼からは想像もできない言動に、私はしばらく放心状態だった。そして、ようやく帰ろうと立ち上がったとき、今更ながら気付く。


(伝票……染谷くん払ってくれてる!)


誕生日だというのに、何てことをさせてしまったのだろう。本当に気が利かない自分に落胆しつつも、心の中で何度もお礼を言った。


ーー今度会ったら直接言おう。


カップに残っていたハーブティーは少し冷めてしまっていたが、私の喉を優しく潤してくれた。