家の玄関前。ドアに手をかけるけどさっきの悠人が頭から離れなくて、開けることができない。あたしはどうすれば良かった?わからない。深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。「大丈夫。何も、何もなかった。」自分に強く言い聞かせドアを開けた。
「ただいま!」
「真帆ー!」
靴を脱いでいると、リビングから顔を出した汐里が嬉しそうに迎えてくれた。
「遅かったね。」
「委員の仕事手こずっちゃって。」
「お疲れさま。もうすぐご飯だよ。」
「着替えてくるね。」
「うん!」

あたし、ちゃんと喋れてるかな。そんな疑問を抱きながら、自分の部屋へと向かった。カバンを机に起き、今朝、ベッドの上に畳んだルームウェアに袖を通す。
「はぁ…」気付くと溜め息が口から出ていた。少しのタイミングの違いで、これほどにも運命は違ってくるものなのだろうか。あたしが自分の気持ちに気づいた時点で悠人に告白していたら、何か変わっていた?
ううん。あの時こうしていたら、なんて関係ない。汐里の気持ちを優先して悠人を諦めたのも、悠人があたしに気持ちを打ち明けたのも。全てはこうなる運命だったんだ。


神様は意地悪かもしれない。でもほんの少しの優しさを持っているかもしれない。敬ちゃんがこの時期に、あたしの前に現れた。ボロボロになりそうな傷口を、ほんの少しだけど癒してくれた。
あたし、敬ちゃんと付き合おうかな。優しさに甘えてるだけかもしれない。それでも、二人との関係に悩むよりは幸せになれると思った。
カバンの中から携帯を取り出す。電話帳を開いて敬ちゃんの名前を探し出し、迷うことなく発信ボタンを押した。耳元で聞こえる呼び出し音。
「もしもーし。」
3コール鳴るか鳴らないかで受話器から敬ちゃんの声が響いた。
「あっ。もしもし。」
「どうした?」
あたしからの急な電話に驚いた様子だった。
「あの、さっきのことなんだけど。」
一瞬、受話器の向こう側の空気が止まった気がした。
「うん。」
「ありがとう。」
「えっ?」
「あたしなんかを好きって言ってくれて。ビックリしたけど嬉しかった。」
彼は今、どんな気持ちなのだろうか。
「まだ敬ちゃんと知り合って二日しか経ってないし、すぐに気持ちに答えることは難しいと思うの。」
「そう、だよな。」
「でもね、少しずつ向き合っていきたい。」
きっと。敬ちゃんなら、大丈夫。それだけはわかるんだ。
「それって。」
「あたしと、お付き合いして下さい。敬ちゃんのこと知っていきたいの。」
「ま、まじで?本当に?」
電話越しの敬ちゃんは嬉しさを隠せない様子だった。あたしは、悠人の気持ちを消し去るように。気持ちを受け入れた。これで、良いんだよね。
「は〜。気持ち伝えて良かった!」
「これから、よろしくね。また明日!。」
「よろしく!!ちょっと早いけどおやすみ。」
電話を切り、携帯を机の上にそっと置いた。気持ちは驚くほど穏やかだ。