数分。いや何十分という時間だったかもしれない。敬ちゃんは黙って、あたしの涙が止まるまで抱きしめていてくれた。
「もう大丈夫?」
「うん、ありがとう。」
「急いで仕事しようか。向井先生、待ってるだろうし。」
全く手が付いていないプリントの山。面倒臭そうな作業も取りかかってみると、意外と早く終わった。二人で肩を並べて職員室まで足を進める。ただ黙って隣を歩いているだけなのに、敬ちゃんの優しさが伝わってくる。
職員室に入り、向井先生にプリントを渡した。
「もう、遅いじゃない。そんなに時間かかる作業だった?」
「内村が急に用事出来ちゃったみたいで。井上さんが、俺の部活終わるまで、作業しながら待っててくれたんですよ。だから遅くなっちゃった。」
得意のスマイルで、言い訳。さすがの先生も、これには何も言えないようだ。
「じゃぁ、仕方ないわね。今回だけよ。内村くんにも任された仕事は最後までやるように伝えてちょうだい。」
「わかりましたー!じゃ、また明日。」
「気をつけて帰りなさいよ。」
「はーい。」
軽くお辞儀をして職員室から出た。
「何から何まで、今日は本当にありがとう。」
「お礼言われるほど何もしてないよ。」
「ううん。凄く……気持ちが救われた。」
「役に立てて良かった。」
優しい微笑みを向けられる。
あたしは歩く足を止め、敬ちゃんを見上げた。
「敬ちゃん、お礼がしたい。」
自分で自分の言葉に驚いた。あたし何言ってるんだろう。
「お礼?」
敬ちゃんはあたし以上に驚いた表情をしていた。
「あっ、えっと。」言葉に詰まる。落ち着け。落ち着くんだ。気持ちの整理をしながらゆっくりと言葉を続けた。
「あたし、あのまま悠人といたら…きっと、どうしていいかわからなかった。」
「いいよ。気持ちだけもらっとく。」
迷惑…だったかな。肩を落とし俯くと、敬ちゃんは戸惑って言葉を探し始めた。
「俺は、真帆のその言葉だけで嬉しいから。その…。」
あたしが顔を上げると、耳の後ろを触りながら真剣な目をした。
「でも、どうしてもお礼がしたいって言うなら、来週の日曜日、俺とデートして欲しい。」
デート。
「部活、その日だけ休みなんだ。」
もっと敬ちゃんを知りたい。素直にそう思った。だからあたしは「うん。」ゆっくりと首を縦に振ったんだ。