いつもより早い時間に起きて、朝ご飯を済ませる。汐里にはそれとなく理由を話して、悠人と登校するように伝えた。
一人で学校へと向かう。坂を下って駅を通り過ぎる瞬間。それまで穏やかだった風が強く吹き荒れた。春とは言っても、まだ四月。早朝の風は冷たい。冷たい風が頬を撫でていった。胸が、騒ついた。その騒つきをかき消すように、学校へと急いで足を進める。
教室へ着くと、美佳は既に到着していた。少しほっとした気持ちになる。
「おはー!」
「おはよう。」
「これ、呼び出しちゃったから。」と、温かいココアをくれた。この子は本当に気がきく子だ。
「屋上の階段行かない?」
「うん。」
あたしたちは、教室から屋上の階段へと歩き始める。今はどこも安全面を考慮して、屋上へは許可がない限り入ることは許されない。大概、女の子が内緒の話をするのは中庭か、屋上へ続く階段か、教室のベランダ。中庭は生徒が集まり始める時間帯、カップルが朝の挨拶を交わすために多くなる。ベランダは、男子が隣のクラスへちょっかいを出すために使い始める。屋上は、人気を感じると誰も邪魔してはこない。早い者勝ちってやつ。美佳が屋上を選んだのは、きっと重要な話があるから。
少し緊張しながら足を運んだ。屋上のドア前にたどり着き、腰をおろす。
「話ってなぁに?」
「いや〜。」
言葉を濁す、美佳。
「?」
あたしがハテナの顔をすると、ようやく本題に入り始めた。
「うーん。」あたしの顔をじっと見つめ「真帆ってさ、スキナヒトいないの?」と聞いてきた。
「どうしたの?急に。」
もっと大事な話をするのかと思ってたから、吹き出してしまった。
「いや、なんとなーく。」
「なんとなーく?」
「もー、教えてよ〜。17年生きてきて、スキナヒト出来ないわけないじゃん!」
口を膨らませ、足をバタバタと動かした。
スキナヒト。
今はいないよって言うべきなのかな。
「……今はいないかな。」
「『今は』?」
やっぱり食い付いてきた。
「も〜。いいじゃん。今はいないの。」
あたしは笑ってごまかした。美佳なら一緒にと笑ってくれると思ったから。
「ねぇ。真帆とあたしは親友じゃないの?」
けど、あたしの意と反して、真剣な声になった。
「ただの仲がいい友達なわけ?」
「そういう意味じゃないよ。」
「じゃあ、なに?あたしのこと信用してないの?」
すごく真剣な眼差し。全てを見透かされてるようで、言い訳が思いつかない。
「…ごめんね。」
「なんでも溜める癖やめなよ。誰かが傷つくとか、他人のことばっか考えすぎ。」
この言葉で、美佳はあたしのことを凄く考えてくれてる、そう感じた。
「…本当は、わかってたよ。」
美佳は言葉を続けた。
「真帆が悠人を好きなこと。」
鳩が豆鉄砲を食らうってこういうことだと思う。言葉が上手く出てこない。
「アハハ、なに驚いてるの?」
嬉しそうにニヤニヤしている。疑惑が真実に変わった、と言わんばかりに。
「隠してるつもりだったと思うけど、バレバレだから。」
「そ、そんなことないよ。好きじゃない。」
「だからさ、そういう強がりやめなって。」
「強がりとか、そういうのじゃない。」
視線を足元に移す。
「汐里のこと…?」
何も言っていないのに、あたしが口に出せない言葉を代わりに出してくれた。
…美佳には全て話さなくちゃ。今まで誰にも言えなかったことを。