いつもよりアラームを30分早くする。
昨日の帰り道で、さとみに何気なく似合う髪型を聞いたらハーフアップっていう髪型が似合いそうって教えてくれたからだ。
コテの内巻き、外巻きのやり方は完璧。編み込みはお母さんに手伝ってもらおう。
明日も気づいてくれるかな。今日、話したことを目を閉じて思い出す。笑顔にはたくさんの種類がある。優しい笑顔、いたずらっぽい笑顔、無邪気な笑顔…。
もっと知りたい、先生のこと。どんな1面も綺麗に切り取って、心の中に大切に保存しておきたい。
まだ何が起きるかわからない明日に、胸を踊らせて私はゆっくり眠りに落ちた。

ピピピっ ピピっ♪
いつもよりもすこしだけ薄暗い外の景色に驚いて、目をこすりながら起きる。
「う〜…、早起きは苦手だなぁ。。」
両手を天井に向けて思いっきり伸ばす。
次に頬をさわって口角を上げる。
「よ〜しっ、やるぞ〜」
お父さんを起こさないように静かに階段を降りる。
お母さんは朝ごはんと、私のお弁当の準備をしていた。
「お母さん、おはよう」
珍しく早く起きた私を見て、お母さんは言った。
「未来、今日はどうしたの?早起きなんて、お父さんが起きてきたらびっくりするわね。」
「ちょっとやりたいことがあって。お母さんにも手伝ってほしいの。編み込み、してくれないかなぁ…」
「わかったわ、こっちにおいで。」
昔から、お母さんに髪の毛を触ってもらうのが大好きだった。ピアノの発表会の日、新学期が始まる日、私が緊張してしまいそうな時はいつも髪の毛をさわってアレンジをしてくれた。
「未来、この髪型すごく似合ってる。」
お母さんに言われる度に、笑顔になって安心して自己紹介も、友達作りもうまくいっていた。
だけど、今日は違う。好きな人のために髪型を変える。

「ほら、できた。ハーフアップ、すごく似合ってる。」
鏡を見る。いつもなら絶対にしない髪型だから、別人になったみたいだ。
「お母さん、ありがとう。」
あとは、毛先をコテで巻こう。ふわふわってしたら、可愛いって思ってもらえるかな。
好きな人のことを考えている時って、こんなに幸せなことなんだなぁっと思う。学校が始まるまで、あと1時間もあるけど待ちきれない。

朝ごはんを食べて、歯を磨いて当たり前の日常だけどワクワクする。制服にきがえて、7時05分バスを待つ。
私より先に、バス停についていたさとみが言う。
「えっ、おはよう!未来〜。可愛いっ、ハーフアップ似合ってるよ〜!!」
「おはよう、さとみ。ありがとう、恥ずかしいよ〜。。」
思っていたよりも、大きな声で褒めてくれたから一緒のバスに乗っていくほかの城北生徒からも注目を浴びる。

朝のSHRが終わったら、最初に先生に提出物を出しに行こう。コテで毛先を巻いてる時に、鏡に向かって一生懸命練習した4文字の言葉を言うために。

「未来ちゃん、おはよう〜」教室に入ると、葵ちゃんが笑顔で挨拶をしてくれた。
「おはよう、葵ちゃん。」
「髪型、昨日と違う〜!すごいっ、自分でやったの?」
「うんっ、でもお母さんにも手伝ってもらったよ」
葵ちゃんと話をしている時、廊下から窓を開ける音が聞こえる。
「先生、来たみたいだね。」
みんながそれぞれの席に着く。先生が扉を開ける。葵ちゃんが前を向く。
昨日とは違う、心臓の音。

「朝のSHRを始めます。起立。」
朝から爽やかな笑顔。ちょっとだけ眠たげな声。少しだけずれている青いネクタイ。
はねている前髪。
手のひらに人という文字を3回書く。さとみがこうすると落ち着けると言っていたからだ。SHRが終わったら、言わなくちゃいけないことがある。うまくいきますように。
「では、SHRを終わります。一時間目の、理科のテストがんばってね。」
先生はそう言うと、教壇からおりて教室から出ていこうとする。
みんなも席を立つ。友達と話をしたり授業の準備をする子もいる。
私は、行かなきゃ。先生のあとを追いかけて、名前を呼ぶ。
「松田先生っ」
先生が振り返る。風で私の髪の毛が揺れる。窓が開いていてよかったと思った。熱を飛ばしてくれないと倒れてしまいそうだ。
「ん?どうした?」
「あの…提出物をだしたくって。」
「あっ、集めるの忘れちゃった!ありがとな。」
しまったぁ〜と、笑う先生は少年のようで私は朝、練習した言葉を口にする事が出来た。
「雅治先生、おはよう。授業、がんばってね。」
言う順番は、逆だけどでもどうしてもおはようって言いたかった。
「橋本さん、おはよう。って、朝からそんな事言ってくれる子初めてだよ。今日の髪型、すごくいいよ。1限がんばれよ」

どうしよう。3日目。大好きの気持ちが溢れてしまいそう。