1限の数学のテストが終わって、2限の国語のテストも終わった。そして、3限はLHRだ。また、先生に会うことができる。
「テスト、お疲れ様でした。みんな、できましたか?えー、この時間からはまず、一人ひとり自己紹介してもらいたいと思います。」
人前で話すことがあまり得意でない私にとっては、この時間がかなり苦手だ。でも、今回はがんばれそうな気がする。うつむいていた顔を上げて、先生の方へ視線を向ける。
「あっ、その前に。僕がみんなに自己紹介をしないとダメだよね。」
雅治先生が優しい笑みを浮かべる。その笑顔に緊張が和らいだ。
「えー、僕は松田雅治と言います。数学の教師です。なので、みんなのテストがどれくらいの点数になるのか楽しみです。えっと…、水森爽香さんが好きです。彼女の出ている作品を見逃したことはありません。他には、うーん…自己紹介ってなんか照れるな。」
先生が顔を赤くしたり、腕を組んで悩んだりしている姿を見て、みんなのこわばっていた表情がだんだん和らいでいく。
「じゃあ、出席番号順に自己紹介していこうか。」
私は自己紹介をきっと、何度も練習していたのだと思った。雅治先生のポケットから見えている紙が、何度も触って確認したようにくしちゃくしちゃでしおれているからだ。赤いペンで書かれている水森爽香。ここで笑いをとるの文字。努力家なんだと思った。最初の日に生徒と距離を縮めようとがんばる先生なのだとも。
自己紹介はどんどん進んでいき、一人一人の趣味や高校でしたいことに先生が質問をする。
次は、私の番だ。神様、うまくいきますように…
「じゃあ次、橋本さん。」
「は、はいっ…」
両手に力が入る。ゆっくり深呼吸。大丈夫、うまく言える。
「私の名前は、橋本未来です。趣味は、お菓子作りです。えっと…、本を読むことも好きです。よろしくお願いします。」
今までは小さい声でしかいうことが出来なかったのに、今日は大きな声で言えた。良かったぁ、前よりも成長できたんだ。
雅治先生の口がゆっくり開く。
「可愛い声だね。本が好きなんだ。数字語を知っていたのは、そういうことだったんだね。」
周りの子はよくわかっていないようで、ぽかんとしている。私も、よくわからない。だって、まだテストは採点していないのにどうして私の答案用紙に数字語が書かれていることを知っているの…?

あれこれ考えているうちに、自己紹介は終わってLHRも終わった。
先生が廊下の窓を閉める音が聞こえる。答案用紙のことが気にかかる。聞くなら、今しかない。

「未来〜、帰ろうっ」
さとみが私のいるC組みに来て言う。「うんっ、少しだけ待ってて…!!」
運動は苦手。走るのなんて大嫌い。でも、知りたい。先生に聞きたいことがある。私の恋が加速しているように、廊下を駆け抜けていくスピードは速くなる。
「松田先生…っ」
思いっきり走ったから、せっかく早起きしてセットした髪型もぐしちゃぐしちゃ。だけど、まっすぐ先生を見ていう。
「数字語のこと…、まだ採点していないって言っていたのにどうして知っているんですか…?」
雅治先生が笑う。私と同じ目線になって。
「橋本さんの答案用紙、気になっちゃったから。何か書いてあるのかなぁって思ったんだ。そしたら、答案用紙の欄外に恋を見つけた。」
先生を見れない。顔が赤くなるのがわかる。
「見つけた恋はどうするんですか…?」
出会って2日。書いてしまった小さなラブレター。心の中で散りばめられた想い。
私の答案用紙の先はどうなっちゃうのか。

「回収するよ、もちろん。」
今までに見たことがないいたずらっぽい笑顔で、職員室に向かって歩き出す。

独り占めしたいと思った。特別な人になりたい。
欲張りになっていく気持ちは、どうしたらいいんだろう。

私よりも大きい手。責任感を背負っている背中。歩く度にふわっと香る海の匂い。

先生の後ろ姿を見ていると、突然歩いていた足が止まった。そしてー…
「髪型、昨日とちがうね。似合ってるよ」

そんな事言われちゃったら、もっともっと好きになっちゃうよ。
「気をつけて帰ってね。また明日。」
手を振る仕草をして、やっぱり無邪気な笑顔をして職員室に入る。
気づいてくれていたこと、わがままになっていく私の気持ち。明日は、今日より素敵な1日になりそうだ。
「さとみ、帰ろうっ」
満面の笑みで言った。

神様、私に恋をさせてくれてありがとう。