ちぐはぐ恋模様

君のその笑顔が好きだよ。
眉をひそめたときの顔も、困ってるような顔も、好物が給食で出てきた時の嬉しそうな顔も、全部好きだけど。
でも君のその笑顔が一番好き。

だから、これでいいの。
君の一番の笑顔が見れるのは、私の特権だから。

「ねぇ」

ググッと背伸びをした君にまた声をかける。
勉強が一段落したんだね。

「君はやっぱりバカみたいに爆笑してるのが一番様になるね」

「それは褒めてんの?貶してんの?」

さっきのお返しだ。
どちらとも答えずに、私は本を読み始める。

「深雪さ」

ぽつりと静かな君の声。

「俺のどこがそんなに好きなわけ?」

からの予想外な言葉。

「…は?」

振り向くが、後ろ姿しか見えない。
頬より少し下の首との境目をポリポリと掻いている。

「…なんで?」

「答えたらな」

きっと今君はいたずらした時の楽しげな顔をしてるんだろう。
なら私は答えない。
答えたら君の思うつぼになると思ったからね。

「答えろよ」

ぐいっと手首が引っ張られた。
重心が揺らぐ。
会話をはじめて、ようやく今になって君の顔が見える。
君はまた、眉をひそめている。

「さぁね」

答えから逃げる。
体制を整えて君に背を向ける。
あぁもう止まれない。

「でも」

君が私の鍵を開けたんだよ。
平穏な家族団らんを、日常を、君が壊したんだ。
あとでどうなっても知らない。

「君が好き」

ガタッというか、バタンっというか、そんな大きな物音がして静まり返った。

「…いつから?」

「君がかおりちゃんを好きになるよりも前じゃないかな?」

君の初恋だと言っていた人。
あの時は結局君が勇気出せずに告白しなかったんだっけね。

「ははっ…まじかよ…」

もうここまできたら、開き直ってしまう。
今更恥ずかしいとも思わない。

「馬鹿でしょ?」

「馬鹿だね」

「知ってる」

でも今、君の顔が見れないの。
開き直ってしまっているのに、それでもまだ拒まれるのが怖い。

「ほんと馬鹿だな俺…」

「なんで?」

「今頃気付くんだよ。おっせーよな」

きっと今の私はすごく変な顔をしていただろう。

「離れて、忘れるかと思えば忘れなくてさ。久々に会ったら嬉しくてさ。好きって言われてこのザマだよ」

私はその時になって初めて君を見た。
耳の先だけ赤く、顔は腕で覆ってしまっている。

「腕のけて」

そっと君の腕をつかんで動かしてみる。
ゆっくりと開かれる君の表情は初めて見たものだった。

訂正。
私は君の笑顔が一番好きって言ったけど、一番はこの顔だ。
最高に照れて、恥ずかしがって、愛おしい目をしている、私にだけ見せてくれたこの顔。

「だっせ…」

その目にはわずかに涙が潤んでいた。

「深雪」

さっきよりも力は弱く、くいっと服の裾を引く。
知ってる。
君がきっと今して欲しいことを。

君が私を好きだと思ってくれてることを。
今までの誰よりも、愛おしいと思ってくれたことを。

「君は?」

だって今まで何人かいた彼女のときも、嬉しそうではあってもこんな顔してなかった。
そろそろうぬぼれてもいいでしょ?

「…その意地の悪いとこも昔のまんまだな」

「君のわかりやすいのに素直じゃないとこもね」

「好きだよ」

やっと言ってくれた。
五分は待たされたかな。
でも、言えただけよしとしとこう。

私はご褒美に力いっぱいぎゅっと抱きしめてあげた。