それから最後の追い込みと言わんばかりに、練習を詰め込んだ。
気付けば俺は留学する二日前。

そういえばあいつと会って、レッスンして、そうしたらいつの間にか随分時間が経つのを早く感じるようになった。
案外、楽しかったのかもしれない。

「今日で最後かぁ…」

しみじみと呟くあいつは、いつにも増して西日に照らされていた。
その姿を少し、美しいとすら思った。

明日にはすべての荷物をまとめなければならない。
明後日はいよいよ出発だ。
実質あいつと会うのも、レッスンも今日で終わりだった。

「あたし、絶対成功する。そんで、海外ツアーとかやってさ、あんたなんかよりもずっと有名になって、世界のスターになってやる」

逆光のせいか、表情は読み取れない。

「だから、変なとこで躓いてたら承知しないから!あんたはどこに行ってもこれからも、あたしのライバルなんだから」

「お前なんかに置いてかれねぇよ、ばぁか」

これが俺とあいつだ。
憎まれ口を叩いて、互いを奮い立たせる。

俺もあいつも同じで、きっとあいつは気付いてた。
これからを不安に思う俺に、変わるのが怖い自分に。
あいつなりのエールで、宣誓で、決心で、そして強がりだった。

「戻ってくんなよ?あんたの顔見なくて済むようになって清々してるんだから」

相変わらず、表情は見えない。

「戻ってくるなら、大スターになってからだからね?」

でも本当はもう気づいてた。

「だから…」

知らないふりをしていた。

「さよなら」

くるりと体を反転させ、肩越しに振り向いたあいつは笑っていた。
教室の隅々までがオレンジに染められた中で、茜色のひかりを床に落として笑っていたんだ。

「絶対、大物になって戻ってくる。その時、言いたいことあるから覚悟しとけよ」

俺はうまく笑えていただろうか。

あいつが泣いていたこと、気付いてた。
あいつが俺の背中を押そうとしてくれたこと、知ってた。
なにより、離れがたいほどに大切だったことに気づいた。

俺もあいつも、選んだのは自分の夢。
捨てたのはお互いの道。

俺は日本をあとにした。
全部の気持ちを抱えて、約束を果たしに。