そもそも言い出しっぺはあいつだ。
『あんたの曲、あたしが歌う』
大見得切ったはいいが、最初のうちは声も震えて話にならなかった。
けど質は悪くなかった。
だから今もこうしてレッスンしている。

「あ、そうだ」

忘れていた。
今日は伝えなければならないことがあったんだ。

「俺、留学することになった」

「…え?」

本場での留学が決まったのだ。
本格的にプロの元で学べる。

「…いつ?」

「来月」

「……そう」

どこか元気なさげに頷いた。
そこからのあいつの勢いは凄まじかった。
いつになく迫力がある。
声ももう震えていない。

きっともう俺はいなくてもやっていけるだろう。
オーディションを受ければいくつかは受かるであろうレベルだ。

「じゃああんたとやるのもあと少しね」

「そうなるな」

フッと緊張の糸が切れたように休んでいたあいつがポツリと声を漏らした。

「ま、どうせあたしももうすぐデビューだし」

「は?」

「受かったの。言ってなかったっけ?」

ケロッと初めて聞くことを言うあいつ。
『デビュー』『受かった』
めでたいことだ。
嬉しいはずだ。
コーチしたかいがあった、今までやってきてよかった、やっと実った、叶った。
なのに俺の中で素直に喜べない俺がいた。

「これであんたの鬼レッスンから解放されるわ」

ぐっと背伸びをして立ち上がる。
その顔は清々しく、どこか曇りがある。

「よかったな、おめでとう」

なんだろうなこれ。
俺って結構薄情?それとも冷めてんのか?

「あっという間に海外デビューしてやるんだから!見てなさい!」

堂々と声高らかに宣言するあいつは、いつも通りだった。
そう、それでいい。
それでこそいつものお前だ。