「はい、お待たせ…待ち人は後1時間しないと来ないと思うよ」
コースターをひき、その上にグラスビールを置いたオーナーが志乃に教えてくれるものだから、志乃の目がキラキラとしだす。
何言ってくれてるんですか⁈
マスターの余計な親切にイラっとして握っていたグラスをグッと握ってしまう。
割れはしなかったけど、なぜか手が震えグラスのなかからビールの泡が溢れてカウンターを濡らしていた。
もらったおしぼりで慌てて濡れた場所を拭き取り、ある企みが脳裏をよぎる。
そうよ…彼らが来る前に帰ってしまおう。
さて、どうしたらいい?
酔ったと言って先に帰る?
いや、志乃が帰してくれるはずがない。
それなら、志乃を酔い潰す?
これもダメだ…志乃が私より先に潰れるはずがない。
どうする?
急に用事ができたと帰るのが一番いい方法なんだけど…携帯をみても、こんな時に限って電話もメールの着信も来ない。
隣で、志乃が話す内容を上の空で聞き流し考えているうちに時間だけが過ぎていく。
そろそろヤバイ時間だ…
どうして私は、彼と会いたくないのだろう?
その答えに気づかないふりをして、私の気持ちは焦るばかりだった。