乃里花の足が少しだけ震える。本当に恐怖を覚えたときは声も涙も出ないのだろうか。


「先行ってっから」

拓登は乃里花の腕を離すと、落ちた鞄を拾いあげる。

「えっ、ちょっと私の鞄!!」

人質ならぬ鞄質を得た拓登は、乃里花を置いて階段をのぼっていってしまった。




動き出すまで少し時間がかかり、乃里花が慌てて追いかけるも時すでに遅し、追いついたのは拓登の部屋の前。カギをせずに出たのだろうか、拓登がドアハンドルを掴むと軽々と扉が開いた。

乃里花はビクッとその場に立ち止まる。


「鞄、返してほしくないの?」

「…ほしいわよ」

ケータイはもちろん、自分の部屋のカギが鞄の中にある以上、帰ることは出来ない。
もし、スカートにポケットがついていたらカギを入れていたかもしれないのに!と普段からしない習慣を思い浮かべながら、乃里花はスカートにポケットがついていないことを恨んだ。


「手、出さないんじゃなかったの?」

「あ?出してほしいの?」

「っっ///そういうわけじゃ…っ!!」

完全に墓穴。拓登はニッと笑いながら乃里花の腰に手を回すと、玄関の中へといざなった。