ツインクロス

(そうだ…オレ…。雅耶の試合観てて『格好いい』って思ったんだ…)

雅耶の空手は、形が綺麗で本当に格好良かった。
見ている内に、どんどん引き込まれていって…。
雅耶から目が離せなくなった。

真剣な眼差し。そして気迫。
素早い迫力ある動き。力強い動作。
大きな背。長い手足。
強靭な身体。

その、自分にはない雅耶の『男らしさ』にどきどきし…て…?

(…って…。ちょっと待てっ!)

冬樹は、心の内で声を上げていた。
(それって…何か…男同士の…友人に対して思う『格好いい』とは違うような…?)
自分でツッコミを入れつつ、思わぬ衝撃が頭の中を駆け抜けて行った。
(いや…空手の試合をあんなに間近で見たことがなかったから…。きっと、変に興奮しただけだ。…と、思いたい…)

だが、そんな心の葛藤を表には出さず何とか言葉を続ける。
「と…とにかく。オレにはもう空手をやる資格なんかないんだ。やる気もないし、やれる自信もないよ…」
冬樹は前を向いて、ゆっくり歩き出した。

(何故だろう、頬が…熱い…)

「そっか…。残念だな。お前とまた空手が出来たら良いなって思ったんだけどな」
雅耶は残念そうに後ろで呟いていたが、それ以上は何も言わなかった。



冬樹は自宅の前で足を止めると、その懐かしい家を見上げた。
誰も住んでいないまま放置された家は、年月が経過していることもあり、かなり古びた様子が伺えるが、何より酷いのは庭だった。
(想像以上に荒れてるな…)
草木は伸び放題。門から玄関まで続く通路でさえ、草を掻き分けて行く感じだった。
小さな頃、兄や雅耶と遊んでいた広くて明るい庭の面影は、もうそこにはない。広さに関しては、自分の目線が変わってしまったこともあるのだろうけれど…。
(とりあえず…入ってみるか…)
冬樹は一人、その草に埋もれた庭に一歩足を踏み入れた。

雅耶は、一度家に帰ってシャワーを浴びてくると言うので、先程久賀の家の前で別れた。
後で雅耶も家に顔を出すことになっている。
別れ際、「俺も一緒に行こうか?」…と、心配した様子を見せていたが、大丈夫だと笑顔で別れてきた。


不安はある。
(本当は…怖い…)

でも、懐かしさも大きくて…。

以前とは全然違う位置にある(ように感じる)ドアノブに手を掛けると、持っていた鍵を差し込み、カチャリ…と回した。
二か所ある鍵を開け終わると、冬樹はゆっくりとドアノブを握った。
玄関ドアは、ギィイイイ…と、重く軋んだ音を立てた。