ツインクロス

「なぁ、冬樹。この後寄りたいとこって…?」
後方で「閉会式を始めるので集まるように」…という声が掛かっている中、雅耶が聞いて来た。
「ああ…家に。ちょっと帰ってみようかなって…」
「そうなんだ?じゃあ、尚更一緒に行こうぜ。なっ?少しだけ待っててよっ」
向こう側で、既に皆が整列し始めているのを横目に、若干慌てながらも手を合わせて『お願い』してくる雅耶。

(オレのことなんて放っておいてくれていいのに…)

向こうでは、仲間達が遅い雅耶を呼んでいる。
(お前には、向こうに沢山の仲間達が待っているんだから…)
そう、思うのに。
返事をしないと、いつまでもこの場にいそうな雅耶に。
「…わかった。ちゃんと待ってるから。…早く整列してこいよ」
そう答えると「了解」と笑顔で走って戻って行った。


冬樹は出口付近まで移動すると、壁に寄り掛かり、一つため息をついた。
(別に、不自然じゃ…なかったよな…?)
雅耶相手に緊張するなんて。

(オレ…どうしちゃったんだろ…)

空手をやっている時の雅耶は、自分の知ってる雅耶とは全然違くて。
その迫力と力強さに、違いを見せつけられたような気がした。
それは単に、オレがこの町を離れた後も空手を続け、実力を付けてきた雅耶に対しての羨望(せんぼう)からなのか。どんなに男を装っていても、実際は女である自分とは違う、その力の差を見せられた気がするからなのか。
それとも…?

(何にしても、こんなに動揺してちゃダメだろ…)
冬樹は俯いて目を閉じると、大きく深呼吸をした。
乱れた心には、(ふた)をする。

そうこうしている内に、表彰式…そして閉会式と、滞りなく大会は終了した。
優勝者としてトロフィーと賞状を受け取り、仲間達の笑顔に囲まれて写真撮影をしている雅耶は、何故だか眩しくて…。
そして、とても遠い存在のように感じた。



「ごめんな、冬樹…。何だかんだ言って結構待たせちゃって…」
私服に着替えた雅耶が、申し訳なさそうに靴を履きながら出て来た。
場所を変えて道場の外の木陰で待っていた冬樹は、
「…別に急いでる訳じゃないし、いいよ」
そう言うと、手に持っていたスポーツドリンクをさり気なく差し出した。
「オレからの優勝祝い…」
そう言って悪戯(いたずら)っぽく笑う冬樹に。
「あ…ありがとっ…」
思わぬ人からの思わぬ差し入れに、雅耶は満面の笑みを浮かべた。

トロフィーや賞状を貰った時よりも数倍も嬉しかったなんてことは、誰にも言えない秘密だ。