冬樹が帰った後の店内。

直純は不意にクスッ…と笑った。その様子を、横にいた仁志が怪訝そうに見る。
「…気持ち悪いな。突然思い出し笑いなんかして…」
そんな仁志の反応にも直純は笑って言った。
「ああ…ごめんごめんっ。…いや、さっきの冬樹の顔を思い出したら笑っちゃって…」
そう言いながらも、くすくす肩を震わせて笑っている。
「あいつ…普段、表情に乏しいイメージあるだろ?でもよく見てると一見無表情の中にも色々顔に出てて面白いなぁって思ってさ。さっきも仁志に『営業スマイル』って言われた時、超葛藤が顔に出てて。それ思い出したら笑っちゃって…」
そう言いながらも、楽しそうな直純に。
「…そうだったか…?」
仁志は分からないという顔をした。
「うん。目…かな?目に出てる。『目は口ほどに物を言う』ってね」
「目か…。俺にはよくわからないけど…。確かに彼は、笑顔は見せないけど、声とか仕草で柔らかいイメージや丁寧さが出せてるよね。だから客受けは良いんだろうな。あ、コレ1番テーブルね」
仁志が料理を出しながら言った。
「OK。…っていうか、客受け良いの?何か言われたことある?」
トレーに料理を乗せながら直純が驚いた様子で聞き返す。
「…あるよ。これで『スマイル』スキルが備われば、彼がこの店の看板男子になる日も遠からず…ってとこかな」
眼鏡のレンズを光らせながら、仁志がニヤリと笑って言った。





場所は変わって。
とある場所の、とある一室。

薄暗い月明かりの差し込むその部屋に、一人佇む中年の男の姿があった。
その男の眼下には、眩いばかりの煌めく夜景が広がっている。
男の手には、真紅の液体の入ったワイングラス。
男はそれを目前に掲げてゆっくりと回すと、一口含んだところで後方のドアが控えめにノックされた。

「入れ」
「…失礼いたします」

そう言って入室してきた男は、深々と頭を下げると口を開いた。
「例の少年の件ですが、最近になって動きがあったようです」
そう言うや否や、夜景を眺めていた男が反応して振り返った。
「おお、そうか…」
「はい。親戚の家から出たことは確認済みです。ですが…家には戻っておらず、現在は近くのアパートで独り暮らしを始めた模様です。未だ例の場所への接触は確認されておりません」
「そうか。だが、大きな進展だな。そうか…」
男は、感慨深げに身体を震わせた。

「やはり、時は近付いている…。運は私に味方している…」

男は、傍にあった大きなテーブルにワイングラスを置くと、両手を着いて目前の男に低い声で命じた。

「引き続き監視を怠るな」
「…承知いたしました」

そう言って訪問者が去ると、男はクククッ…と小さく笑った。
「やっとだ…。やっと足りなかった鍵が揃う…」

薄暗い部屋に、男の長い影が低い笑い声と共に揺らめいていた。