壁を背に寄り掛かりながら、夏樹は目の前に立っている雅耶を見上げた。
優しい微笑みが自分を見下ろしている。
夏樹は、想いのままに言葉を紡いだ。

「オレ…雅耶のことが好きだよ」
「夏樹…」

雅耶への気持ちを口にするだけで、自然と笑顔になる。
自分が、こんな気持ちになれるなんて思ってもみなかった。


オレは、ずっと…『夏樹』が嫌いだった。
大好きな兄を身代わりにして生きている、自分が許せなかった。
だから最初は、自分が冬樹になることで、夏樹がこの世界からいなくなっても全然平気だと思っていたんだ。
それが、夏樹に与えられた罰なのだと。
でも、実際は…。
冬樹の殻を被っているだけで、心は夏樹のままで。
ただ、兄の帰りを信じて待っているだけの、見せ掛けの存在だった。

でも、雅耶は夏樹がいなくなっても、夏樹のことを変わらず大切に想っていてくれて、ずっと忘れずにいてくれた。
それに『冬樹』の中の夏樹を見つけて、それでも尚…そのままのオレで良いと言ってくれた。

その言葉がどんなに嬉しかったか。
その言葉に、どれだけ救われたか…。

いつだって、優しい瞳で見守ってくれてた雅耶。
ピンチにはいつだって駆けつけてくれた頼もしい、幼馴染み。

兄への罪悪感は消えないし、時は戻せない。

でも、お前が必要としてくれるなら。
オレは、お前の前だけでも『夏樹』でいたいって…。
本当に…そう思ったんだ。


雅耶は満面の笑みを浮かべた。
「ずっとずっと、しつこく想ってた甲斐があったかな。…すっげー嬉しい…」

その、昔から変わらない人懐っこい笑顔に。
嬉しくて、夏樹もつられて微笑みを浮かべた。

お互いに暫く見詰め合うと…。


「夏樹…」

雅耶の大きな手が頬へと伸びてきた。
驚かさないように、そっ…と。
まるで、大切なものに優しく触れるように。

「…好きだよ。ずっとずっと、夏樹だけが大好きだった…。それは、これからもずっと変わらない…」

瞳を覗き込む様に視線を合わせると、雅耶は誓うように囁いた。

「…まさや…」


そうして、顔がゆっくりと近付いてくる。

今度は怖さはなかった。
夏樹は、そっと瞳を閉じると雅耶に身を委ねた。


そうして、二人はそっ…と。触れるだけの優しいキスを交わした。