それはまるで、スローモーションのように見えた。
ゆっくりと、こちらを振り返るその顔は…。

「……え…?」

力は横になったまま、呆然とその男の顔を見詰めた。
男は、力の意識が戻っていたことに特別驚いた様子も見せず、こちらに静かな視線を向けている。

「お…前…?…だれ…だ…?」

思わず声がかすれる。
頭が混乱していた。
訳が…分からない。
その顔には見覚えがある。あるのだが…。
まさか…という思いと、何故?という疑問が、力の頭の中で渦を巻いていた。

「そ…んな…はず、は…」

その、目の前にいる男に似ている人物を自分は知っている。
だが…。

男は、驚き言葉を失っている力を暫く静かに見詰めていたが、僅かに微笑むと口を開いた。
「…ごめんね、力。このデータは僕が貰って行くね」
それだけ言うと、差し込んだUSBメモリにそのデータを移す作業に取り掛かった。

聞いたことのない、声。
『僕』という一人称。
雰囲気や背格好など、違いは他にも多々ある。
だが、その顔はまるで…。
そして自分を『力』と呼ぶ、その目の前の人物に思い当たるのは…。


「お前…、冬樹…か?」


有り得ないと思いながらも、その名前が口から出ていた。
先程まで一緒にいた冬樹ではない。
どう考えても矛盾しているとは思うのだが、それでもその名前が一番しっくりくるのだ。
何より、そのデータを平然と解除しているのが証拠なのだと思った。
男は、その名前に今一度振り返ると、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。

「……ふゆき…」

(お前、やはり冬樹…なんだな…)
それは、確信だった。

だが、それなら…。先程の冬樹は?
今まで一緒にいた冬樹は…?

同じ学校に通い、同じ教室で授業を受け、食事も共にした。
初めは警戒心の固まりみたいだったが、最近では僅かながら笑顔も見せるようになった、綺麗なクラスメイト。
その儚い見た目とは裏腹に、怒らせると最強な面白いヤツ。
何故か俺を捕らえて離さない、あの冬樹は…?

目の前の男を通すことで、その答えがストン…と降りてきた。

そうか。
あれは、夏樹…だったんだな。

何故だとか、どうしてだとかいうものは、もう深く考える気力もなかった。
答えが出た所で、言葉も何も出て来ない。
思いのほか自分の内で納得して、力は考える事を放棄すると再びゆっくり瞼を閉じた。


男はデータの移動作業を終えると、元あったパソコン上のファイルは全て消去し、眠ってしまった力をそのままに、そっとその部屋を後にしたのだった。