力が持っていた鍵で扉を開くと、中には書棚や沢山の箱が積まれた棚などがあり、パーテーションで区切られた奥には様々な研究機材などが数多く置かれていた。
「…すごい…」
詳しいことは分からないが、素人目で見る限りでは個人の物とは思えない程、かなりの設備が整っているように見えた。
「土地はウチの物だが、この施設に関しては親父と野崎のおじさん共同で作ったらしいぞ。二人の学生時代からの夢だったらしいからな」
「……夢…」
(…なのに、何で最後には意見を違えてしまったんだろう…)
それを考えると、何ともいたたまれない気持ちになった。

呆然とその部屋の中を見渡している冬樹の後ろ姿を力は静かに見詰めていた。
だが、ゆっくりと口を開く。
「俺は少し席を外すけど、この部屋の資料は自由に見てていいぞ。まぁ、見れるのはファイルやノート位だろうけどな。もう、どれも使われていないものだ。自由にその辺の椅子に座って構わないぞ」
それだけ言うと、力は出て行ってしまった。


「………」

やっと一人になって、冬樹は小さく息を吐いた。
気付かない内に自分でも緊張していたようだ。

(とりあえず、今の所問題はなさそう…かな…)

冬樹は周囲の気配を探り、特に人などが潜んでいないのを確認する。

この別荘に来てから、力の様子が少し違うことに気付いていた。
いや、車で此処へ向かっている時からそうだったかも知れない。
誘いに乗ってしまったことを少し後悔しかけていたけれど…。

(まぁ、来てしまったからには考えててもしょうがない。調べる物調べて、さっさと帰らせて貰おう。でも、その前に…)

冬樹は、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
(…雅耶にメール、入れとこう)
試合はもう、とっくに始まっている頃だろう。
(どうか、試合が終わるまでこのメールに気付きませんように…)
そう、願いながら送信ボタンを押した。
そうして携帯をしまいながら、ふと窓の外に視線を移した時だった。


(あれ…?ここって…)

そこには、昔よく遊んでいた庭が広がっていた。
だが、記憶に残っているその明るく眩しかった庭とは、やはりどこか違う印象を受ける。

(そうか…。ここがさびれて見えた理由が解った…)

花がないのだ。
昔は沢山植えられていた花々が…。

先程のガレージ周辺も、庭を囲むように作られている多くの花壇にも、一つも花が咲いていない。
(…確か、力のお母さんが花好きだったんだよな…)
手入れされていた昔の花壇と今現在の変わり果てた様子の違いに、力の環境の変化を垣間(かいま)見てしまったような気がした。