ツインクロス

「ちょっと待ってよ。前に崖で『あの事故は仕組まれたものだ』って言ってたのって、おじさんのことだったのか?」
「…そうだ」
「あんなに仲の良い友人同士だったのに…。おじさんが…?」

冬樹は動揺を隠せずにいた。
確かに、そんな可能性を全く疑ったことがない訳ではない。
だが、内容までは分からないが、意見が対立してしまったこと位でその友人の家族ごと命を奪ってしまうなんて。
(そんなこと、あるんだろうか…)
長い付き合いだと言っていた。
気心の知れた学生時代からの友人で、同じ夢を志す仲間なのだと…。
(優しいおじさんだった。少なくとも、オレの見る限りでは…だけど…)

「それは、何か確証があるのか?」
雅耶が冬樹の様子を心配げに見詰めながら言った。
「確証…という程のものではないが、今になって考えればあれがそうだったのかも…と疑う部分がある、ということだ。それに…」
「…それに?」
力は憮然とした様子で言葉を続けた。
「アイツは笑ったんだっ。事故の後、夏樹を失って泣き暮らしていた俺に向かって…っ…」
「………?」




八年前。

『ほら…いつまでも泣いているんじゃない。お前は男だろう?』
ベッドの上で泣き伏せている力に神岡は優しく声を掛けると、ベッドの縁に寄り添うように座った。
『だって…なつきがっ…なつきがっ…』
泣きじゃくり震える力の頭を、大きな手でゆっくりと撫でると、神岡は言った。
『辛いのは今だけだ。可哀想に…。お前には事故を目の前で見てしまったショックが大き過ぎたんだな』

(…そうじゃない…)

『夏樹にもう会えないのが悲しいんだ』…そう言いたかったけれど、嗚咽がもれて言葉にならなかった。
だが…続けられた父の言葉に、力は幼いながら我が耳を疑った。
『まぁ、野崎の娘とは、縁がなかったんだ。それだけだよ。そのうち、もっと素敵な良い娘が見つかるさ。何ならお父さんが見付けて来てやるぞ。もっと家柄の良い、上品な御嬢さんをね』
その父親らしからぬ言葉に、力は涙にぬれながらも僅かに顔を上げると、その父の横顔を見詰めた。
『お前には、これから最高の贅沢をさせてやるぞ。あんな娘のことなんか忘れてしまう程の、最高の贅沢をな…』

そう語る父は、笑みを浮かべていた。
だが、その顔は…もう父とはまるで別人のもののようだった。
その冷やかに眼を光らせ不気味に微笑む表情は、どこか悪意に満ちていて、力は子どもながらに恐怖を抱いたのだった。