ツインクロス

「結婚の約束はしてないけど、ファースト・キスは貰ったぜっ」
ニヤリと得意げな笑みを浮かべる力に。
「なッ!?」
「おぉっ!?スゲーっ♪」
驚きの声を上げる雅耶と長瀬よりも、何よりも飛び上がるほど驚いたのは冬樹だ。

「ちょっ!お前っ!!何てこと言うんだッ!!」
「え?うわっ!」

思わず咄嗟に身体が動いていた。
椅子がガタンッと大きな音を立てる。
気が付けば、目の前で力は顔を引きつらせながら両手を上げて降参のポーズをしていて、冬樹は知らず知らずの内に立ち上がり、その力の胸ぐらを両手で掴んで持ち上げていた。
当然のことながら周囲の注目も一身に浴びていて、思わず固まる。
「ふ…冬樹チャン、冬樹チャンっ、落ち着いて落ち着いてっ」
珍しく長瀬が慌てている。
雅耶は無言で目を見張っていた。
「………」
冬樹は、気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐くと、力を解放して元の席へと着いた。

「……ごめん」

小さく謝ってくる冬樹に、力は。
「あ…ああ、別に大丈夫…だけど…。ちょっとビックリした」
その気迫に。
(可愛い顔して、怒ると結構な迫力なんだな…)
その意外性も面白いとは思うが。

「その…何でお前がそんなに怒ってるのか、イマイチ分からないんだが…」
いささか控えめに聞いてみると、冬樹はバツの悪そうな顔をして答えた。
「お前が下らないことを言うからだっ。あんな騙し討ちでそんな風に触れ回られたら誰だって…。夏樹だって…浮かばれない…」
何故か語尾が小さくなっていく冬樹に。
「何でお前がアレを知ってるんだ?」
力が疑問を口にした。
その言葉に、冬樹は俯いていた顔を上げると、
「オレ達は二人で一人なんだ。夏樹のことで知らないことなんてない」
そう言い切った。
その表情は凛としていて綺麗だったけれど、何処か寂し気でもあった。
(それだけ、仲が良かった…ということなんだろう…)
力はそう解釈をする。
とりあえず故人のことでもあるし、多少大きく話してしまったことを反省して、力は素直に「…すまなかった」と、冬樹に詫びを入れた。
その言葉に。
冬樹は俯きながら「…別にいい」と小さく答えるだけだった。

そんな冬樹の様子に、それ以上誰もツッコミを入れることなど出来ず、微妙な空気のままその話題はそこで終了した。