(これだけあからさまに態度に表してるのに、コイツも懲りないな…)
冬樹は横からの視線を感じながらも、気のないふりをしながら、ずっと空を眺めていた。

力は『お前に会いに来た』と宣言した通り、何故だか自分について回っている。仲間内でワイワイやってても、気付けばいつの間にか隣にいるような感じで。
(…何を企んでるんだか知らないけど…)
ハッキリ言って、下心があるようにしか見えない。

冬樹が力を毛嫌いするのには、実は理由がある。
勿論、昔…冬樹がまだ『夏樹』であった時に、やたらとしつこく迫られていたのが苦手意識を生んだ大きな要因ではあったのだが、ただ単に漠然と嫌だったという訳ではない。
そこには忘れもしない、ある出来事があったのだ。
(今思い出しても、おぞましい。…コイツに騙されて、オレは…っ)
それを思い出すだけでも、怒りで思わず腕に力を込めずにはいられない冬樹だった。

それは、例の別荘で一緒に遊んでいた時のこと。

『なぁなつきー、おれ、お前にプレゼントがあるんだー。ちょっと目ェつぶっててくれよ』
力は両手を後ろにして何かを隠し持っているようだった。
夏樹は、疑いの眼差しで見詰めた。
『そんなこと言って…ヘンな虫とかそういうのじゃないの?』
『バカだなー、なつきにそんないやがらせ…おれがするワケないじゃんっ』
何故だか胸を張って言うから。
『ほんとに…?こわいものとかだったら知らないからねっ』
夏樹はおそるおそる目を瞑った。
『んーじゃあ、手ェだして♪』
そう言われて、小さく両手を差し出した。
すると…。

チュッ。

…と。
唇に不思議な感触があった。

まだ小さな子どもながらにも、流石にそれが何か解ってしまった夏樹は、大きく飛び退いた。
『なっ…なっ…』
(いまのって…もしかして、チュー??)
動揺して真っ赤になりながら、両手で口元を押さえている夏樹に。
力は満足気に飛び上がって喜んだ。
『へへへっ♪なつきのはじめて、もーらいっ♪』
そう言って、逃げていく力の後ろ姿を呆然と見送って…。
夏樹は暫く、その場に立ち尽くしていたのだった。

(…思い出すだけで、虫唾が走る…)

冬樹は小さくこっそり溜息を吐いた。
そう、夏樹のいわゆるファースト・キスは、その時力に奪われてしまったのだ。