ツインクロス

名前を…呼ばれた気がした。
久しく呼ばれていない、その名を…。

『…なっちゃん…』

誰の声か、分からない…。
でも…何処かで聞いたような、優しい…声色。

すぐ傍に人の気配を感じて…。
目を開けようとするのに瞼は重く、思うように開かない。
身体も全然言うことを利かなかった。

(夢…?なのかな…。オレ、今…眠ってる…?)

半分朦朧としている中で、傍に居る人物が動く気配がした。
でも、相手からは不穏なものを何も感じることはなくて…。
自然とどこか安心しきっている自分がいた。
そんな中、そっと…頭を撫でられるような感触がする。

(………?)

その手は、眠っている者を起こさないように気遣うような、本当に優しいもので。
何故だか、泣きたくなる程の切なさを生んだ。
顔に掛かる前髪を優しくサラサラと撫でていく。

本来なら…。
誰だか分からない人物にそんな行為を許すこと自体、有り得ない筈なのに。
でも、何故だか気持ちが落ち着いていて、動く気になれなかった。

(この感覚も、もしかしたら夢…なのかも知れない…)

だって…この手を、オレは…きっと知ってる。
手の大きさも、声も…自分が知っているものとは違うけれど。
だけど、解ってしまった。
だって…。

『なっちゃん』

その名で、そんな風にオレを呼ぶのは…。


すると、その人物が小さく言葉を発した。
「不思議だね…。会いたいなって思ってここに来たけど、まさか本当に丁度いるなんて…。気が合うっていうのか…。偶然って…本当にあるんだね…」
静かに響く、優しい声。
でも、何故だか切ない、寂しげな声。
「なっちゃんには、辛い思いばかりさせて…本当にごめん。でも…あと、少しだから…」

(あと…少し…?…どういう、意味…?)

「あと…もう少しだけ…辛抱して待ってて欲しい…」
その言葉と同時に、触れていた手が離れていく。

(待って…。もう、行っちゃうの…?何処へ行くの?置いて…いかないで…)

必死に手を伸ばしたい。
その去ってゆく手を繋ぎとめておきたい。
なのに…。
やはり、身体は思うように動かなくて。

必死に何とか己の身体を奮い立たせ、出来たことは。

「ふゆ…ちゃん…」

その名を、一言口にすることだけだった。