ツインクロス

突然、近くで聞こえてきた雅耶の自分を呼ぶ声に、思いきり動揺して。
そして、咄嗟に顔を出してしまったことを瞬時に後悔した。
「冬樹…?…泣いてるのか…?」
そこには、驚いている雅耶がいた。

「雅耶…。どうして…?」

まだ、心の準備が出来ていなかった。
父の残したメッセージがあまりにもショックで、混乱していて。
どうしていいか、分からなくて…。

「ど…どうしたんだよっ?何かあったのかっ?」
部屋の入口の所で、立ち尽くしている雅耶に。
冬樹は、泣き濡れたまま瞳を大きく見開くと、
「ご…めん、雅耶…。ちょっ…と…まって…っ…」
その視線から逃れるように、慌てて背を向けた。
頬を流れる涙を、必死に手の甲で拭う。
だが、涙を堪えよう、押さえようとしているのに、身体は全然言うことを聞いてくれなかった。自分の意志とは裏腹に、再び身体はふるふると震えだし、拭っても拭っても新たな涙が頬を伝っていく。

「……っ…」

どうして…。どうして…今ここに、ふゆちゃんがいないんだろう…?
自分(夏樹)では、何も出来ない。
父の想いも…父が託した『何か』も何も分からず、何の役にも立てない。
ふゆちゃんがいないと駄目なのに。

ふゆちゃんじゃなきゃ、駄目だったのに…。



涙を隠すように後ろを向いてしまった冬樹の背を、雅耶はじっ…と見詰めていた。
俯き、懸命に涙を押さえようとしているような冬樹。
だが、それでも堪えきれないのか、その細い肩は小さく震えていた。
「………」
雅耶は、ゆっくりと書斎へ足を踏み入れた。

「冬樹…」
すぐ横まで行って小さく名を呼ぶと、ビクリ…と冬樹の肩が揺れる。
雅耶は、その冬樹の後頭部に手をまわして片手で引き寄せると、そのまま冬樹の顔をそっと自分の胸へと押し付けるように抱えた。
「…っ……」
冬樹が息を呑むのが分かった。
だが、冬樹は特に抵抗することもなく、されるがままに固まっている。
雅耶はその手を緩めることなく、冬樹の額を自分の胸に押し付けたまま口を開いた。
「無理に泣き止もうとする必要なんてない。…言っただろ?辛い時は寄り掛かれって…。お前が、泣き顔を見られるのが恥ずかしいって言うなら、こうしててやる。全部…見なかったことにしてやるから…。だから…。泣きたい時は思いっきり泣けばいいんだ」

押し当てられているその温かく広い胸から響く、雅耶の優しい声に。
冬樹は、声を押し殺して泣くのだった。