「犯人の車のキーは開いていたし、冬樹の鞄や携帯はそのまま置かれていたらしいから、それを操作することは誰でも可能だったかも知れないんだが…。結局誰が送ったのかは分からないらしい。でも実は、俺達が冬樹からのメール内容を報告した後に、警察の方へも匿名の通報があったそうなんだ」
「えっ…?」
「その通報では、冬樹を誘拐した網代組の大倉って奴の名前も詳しく伝えられていたらしいんだ。そいつがもともと警察にマークされているような問題のある奴だった分、今回警察の対応も早く、良い結果に繋がったんだそうだ」
「でも…じゃあ、それって誰か内通者が居たってこと…ですか?」
雅耶がそう、疑問を口にした時。
「違うよ。あの人達は内通者じゃない…」
今迄眠っていた筈の冬樹が、突然後部座席からぽつりと呟いた。

「…冬樹。悪いな、起こしちゃったか?」
バックミラー越しに冬樹の様子を伺いながら、直純が気使うように声を掛けた。
「いえ…逆に、すみません。つい、ウトウトしちゃってたみたいで…」
冬樹は少し恥ずかしそうにそう言うと、心配げに振り返っている雅耶に微笑み返した。
「別に寝てて構わないんだぞ?」
優しく声を掛けてくる直純に。冬樹は「ありがとうございます。でも、もう平気です」と、笑った。
雅耶はそんな冬樹の様子にホッとしながらも、疑問を口にする。
「冬樹…さっき言ってた『あの人達』って誰のことなんだ?内通者じゃないっていう…」
「うん…。一応警察でも話はしたんだけど、オレの事を助けてくれた人達がいたんだ。ずっと目隠しされてたから声だけしか聞いてないし、詳しい事は分からないんだけど…。多分、男の人が二人…いたと思う…」
「男二人…」
雅耶は助手席から、冬樹を振り返ったまま聞いている。
「一人は警備員として潜入してたみたいで、最初からあいつらがやろうとしていた事を知っていて阻止しに来てたみたいだった。大倉って人のことも知っていたし、多分…その人達が警察に連絡を入れたんだと思う。『もうすぐ警察が迎えに来る』って言っていたから…」
「…じゃあ、もう一人っていうのは?」
「もう一人は外にいて…。大倉がオレを連れて車で逃げようとするのを読んで待ち伏せしていたみたいだった。その人は、何だか随分と若い感じで…」
そこまで言って、冬樹は何故か言葉を詰まらせてしまった。

何かを考え込んでいるような冬樹の様子に、今度は直純が口を開いた。
「警備員の男の話は、俺も少し聞いたけど…。警察が到着した時には既にその男はいなくて、研究所内に二人の男が縛り上げられていたらしい」
「えっ?そうだったんですか…?」
冬樹は初耳だったのか、驚いている。
「ああ。その内の大倉と同じ組員の男の方は、思い切り()されていたらしい。警備員を装っていた男はそれなりに腕利きなヤツだったってことだな」
「へぇ…。でも、何だか不思議ですね…。何でその人達は姿を消したんだろう?普通に警察に引き渡せばいいのに…」
雅耶が疑問を口にした。
「…そうだな。何か、理由があるのかもな…」


(理由…)

二人の話を聞きながら、冬樹は助けてくれた男のことを思い返していた。
その姿を見ることが出来なかった。
逃げるように去って行ったようにも感じた。

(そこにも何か…理由があったりするのかな…?)

『またね』…と言ったその優しい声が、いつまでも耳から離れずに残っていた。