冬樹はぼんやりと、あの『声の男』の顔を思い返していた。

危険な殺気を放つ、得体の知れない男。
中年…とまではいかない、30代位だろうか?
多分、いわゆる『普通』の職業の人ではないだろう…と、思う。
(やっぱり見たことも会ったこともない奴だった…。多分、前にバイト帰りに後をつけて来たのもアイツだよな…)
そう、考えたところで。

(あ…。そうだ…バイトっ!)

突然大事なことを思い出して、愕然とした。
まだ外は明るいが、流石にバイトに入る時間はもう過ぎているだろう。
(直純先生と仁志さん、…怒ってるかな…?)
今迄頑張って来たのに、こんなことでサボって信用を失うのはあまりにも悲しすぎる。
冬樹は頭をぶんぶん…と横に振ると、気合を入れ直した。

(早くこんな所から抜け出して帰らないとっ!)

だが、その時。
静かだったその倉庫内に、突然ガラガラ…と、大きな音が響き渡った。
同時に、ゆっくりと目の前のシャッター扉が上がって行く。
「……っ…」
冬樹は膝立ちになって構えつつも、その外の光の眩しさに思わず目を細めた。

扉の向こうに立っていたのは、三人の男達だった。
その内の二人が、倉庫内へと入って来る。入口で待っている一人は逆光で顔が良く見えなかったが、近寄って来た二人の内の片方が、あの『声の男』だった。
「目ェ覚めてたのか…」
男はニヤリ…と口元に笑みを浮かべるが、目が笑っていない。
そうして、もう一人の男に目で指示を出すと、その傍に居た若いチンピラ男は冬樹の後ろへと回った。そして、縛られた両腕をキツく掴まれ、押さえつけられる。
「……くっ…」
「…お前がデータを持って行ったんじゃないんだってなァ?」
冬樹は、目の前に立って自分を見下ろしているその男を睨みつけて言った。
「前にも言った…。オレは、そんなもの知らないっ」
「『持って行った』のは、お前じゃないかも知れないが、協力者がいたんじゃねェのか?」
「…っ!?そんなのいる訳ないっ!大体…データって何なんだっ。あの部屋の事だってオレは知らなかったんだっ」
冬樹は「訳が分からない」…というように、首を横に振って言った。
だが、その瞬間。

「嘘を吐くんじゃねェ!」

男は目を光らせ、目の前にしゃがみ込むと冬樹の顎を掴んで無理やり上向かせた。