「今日も健在だねっ。唯花ちゃん」
長瀬はすっかり顔見知りのようで、雅耶と一緒に近付くと自ら声を掛けた。
「あっ長瀬くん、こんにちはー」
彼女も笑って長瀬に挨拶している。
「久賀くん、今日から部活お休みだよね?待ってて良かったー。今日も一緒に帰ろう♪」
「あ、うん…」
嬉しそうに笑っている彼女、大貫唯花(おおぬき ゆいか)は、雅耶が近づくなり、当然のように隣にピッタリと並んだ。

「………」
それを数歩後ろで立ち止まって見ていた冬樹は、ゆっくりと再び歩き出すと、
「じゃあ、オレは先に帰るね」
すたすたと、雅耶達の横を抜けて行った。
「あっ冬樹っ待てよ。一緒に…」
雅耶が慌てたように声を掛けるが、冬樹は足を止めることなく振り返ると、
「オレ…馬に蹴られたくないからさ」
そう言って笑うと「じゃあな」と手を振った。
「あっそれって、『人の恋路を邪魔する奴は…』ってやつ?あっ冬樹チャン!待ってよーっ。俺も蹴られたくないし、冬樹チャンと一緒に帰るよーっ」
長瀬も冬樹の後を追って行ってしまった。
冬樹の隣に並んだ長瀬が、向こうから手を振っている。

結局、余計な気を使われて二人に置いて行かれるカタチになり、雅耶は心の中で小さく溜息を付くと、このところ毎日のように一緒に帰っている唯花と歩き出した。


本当は、そろそろ限界だと思い始めていた。
最初は、帰り道に女の子に待ち伏せされる…という、その行為そのものがどこか照れくさい新鮮なものに感じていたけれど、今は苦痛でしか無かった。思っていたよりも周囲の反応が大きく、皆に騒がれ過ぎたのも気が重くなった要因の一つかも知れなかったが。
本当は、告白されたその場で断る筈が、自分のことを知ってから答えを出して欲しいと彼女に押され、確かに知りもせずに即断るのは失礼かなと思ってしまった結果がこの状態だった。
今となっては、それを後悔している自分がいる。
ヘタに『悪い子ではない』と知ってしまった分、逆に断りにくくなってしまったのは事実だった。

「でねーその子がねー…」
隣でにこにこ笑って話す彼女は、確かに可愛いとは思う。
だが…。

帰る方向が一緒なのだから当然なのだが、ずっと目の前を歩いている冬樹と長瀬の姿が気になって、雅耶はつい目で追ってしまっていた。今では、何だかんだと仲の良い二人は、ずっと楽しそうに会話を続けながら歩いている。

『本当なら、俺があそこにいる筈なのに…』

思わず、そんな言葉が頭に浮かび。
(俺は最低だな…)
そして、自己嫌悪に陥った。