まさか…。…雅耶が『夏樹』を…?


ガタンッ。

音を立てて、冬樹は一人立ち上がった。
「ん?どうした?野崎…?」
隣に座っていたクラスメイトが、俯いている冬樹の顔を下から覗き込むが、
「…ゴメン…。オレ、先に戻るっ…」
そう言うと、冬樹は慌ててトレーを持って席を立った。
「えっ?…あ、おいっ」
あっという間の出来事で、皆が不思議そうに冬樹を見送っていたが、姿が食堂内から見えなくなると、それぞれが顔を見合わせ、「どうしたんだろ?」と首を傾げていた。

(冬樹…)

冬樹が出て行った方向をずっと見詰めていた雅耶に、横から長瀬が声を掛ける。
「なぁ…もしかして、冬樹チャンとその女の子ってー…」
「…ああ。俺が好きなのは、あいつの妹…なんだ…」
雅耶は視線を元に戻すと、既に冷めてしまった定食を食べるべく箸へと手を伸ばした。




冬樹は廊下を小走りに歩いていた。
そんなに急いでいる訳でもないのに、さっきから心臓だけがバクバクいっている。
周囲に人がいなくなると、冬樹は徐々にスピードを落とし、最後には足を止めてしまった。

「………」

そこの廊下の窓は開け放たれていて、蒸し暑い中にも穏やかな風が流れ込んでくる。
冬樹は、吸い寄せられるようにゆっくりと窓辺に寄ると、そのまま一人、外を眺めた。

『好きな奴…か。いると言えばいる…かな。ずっと…』

何処か遠くを見詰める雅耶の表情を思い出す。

『雅耶は、初恋の相手をずーっと一途に想ってるんだよ』
『確かー…幼馴染みの女の子…って言ってたっけ?』

長瀬の言葉に、悲しげな色を含んだ瞳を見せた雅耶。

(オレ…、知らなかった…)
まさか、雅耶が昔から『夏樹』を想っていたなんて。
『夏樹』がいなくなって、八年もの長い間…。雅耶はずっと、一人だけを想い続けていたというのだろうか…?
(でも、だからと言って、何でオレはこんなにも動揺してるんだ?『嬉しかった』り、『ときめいた』とでも言うつもりか…?)
馬鹿げている…と、自分でも思った。

そんなの…知ったところで、どうにもならないというのに…。
もう…今『夏樹』は、存在しないのだから。

「……はぁ…」
冬樹はひとつ溜息を付くと、窓の縁に頬杖をついた。

思わず動転して先に戻って来てしまったけど…。
(変な風に思われていないと良いな…)
冬樹は流れてくる風に吹かれて、そっと目を閉じた。