「そうじゃよ、ほら言っておったじゃろ? “結婚したいのに相手がいない。それどころか彼氏すら見つからない”と」
「え、そ、そそそんなことまで、私、言いましたっけ?」
「言った言った。なんじゃっけ? あの夜は、残業のせいでデートにいけなくて、そのせいで、お見合いパーティーでようやく出会った相手に振られて……」
「ぽきゃああっ!」

ヒナは両手をはげしく横に振り、惣右介がそれ以上語るのをどうにか阻止する。いっぽう惣右介は、そんなヒナの慌てぶりを見て、楽しげに笑っていた。

「……おじいちゃん、このひと誰?」

ヒナと惣右介のやりとりを見ていたトシユキが、不審げな表情でヒナを指差す。そして。

「新しい愛人?」

可愛らしい顔に見合わぬ生々しい単語を口にした。

「あっ……いじん?!!」
「違う違う、残念ながらな」

思わぬ発言にあっけにとられるヒナの前で、惣右介は悪びれる様子もなく手を横に振る。

「それならいいけど。これ以上相続関係をややこしくするようなことしないでよ。それに、おじいちゃんがふらふらしてると、おじいちゃんが囲ってる例の銀座のママが僕にまで色目使ってきて面倒くさいんだ」
「なんと、そんなことになっておったのか。じゃあ今夜は久しぶりに銀座へ繰り出すかの」
「なんでもいいけど、ほんと頼むよ。いい加減にしないと、死んだおばあちゃんのお墓におじいちゃんのこと言いつけちゃうからね」
「それは困るな。バアさんには内緒で頼む」

惣右介が、シワだらけの指先を口にあて、トシユキに向かっていたずらっぽく笑う。若い頃には相当な浮名を流したという噂のある惣右介だが、どうやらその名前は未だ現役のようだ。

「……で?」

二人の会話を黙って聞いていたタイガが割って入る。