タイガからあびせかけられた数々の屈辱的な言葉を――そして、ほんのわずかでもタイガに心動かされてしまったことを振り切るように、駆け足で部署に戻ったヒナは一心不乱にパソコンに向かった。

「なあ、ヒナくん、頼んでいた資料なんだが……」

資料の作成を依頼したきり午前中いっぱいタバコ休憩に消えていた課長が、当然のようにヒナに催促してくる。

「今やってます!!」

ヒナは、丁寧に対応する余裕もなく、そうきつい調子で言い返した。

――そもそも、はじめから私に依頼してくれていれば、私がやったのに

ヒナの悔しい気持ちを、キーボードを叩く指先の強さに変換される。

タカミ産業の産廃置き場、と揶揄されるこの部署でも、いちおうは部下の育成というものを考慮しなければならないのか、課長が派遣社員のヒナに直接仕事をふってくることはまずない。
“教育のため”と称し、まずは正社員たちに仕事を振る。その正社員たちがやりたがらない、あるいは投げ出した仕事を“フォロー”するのが、ヒナに求められている役割だ。
たとえ、仕事の10割をヒナがやったとしても、ヒナの立場はあくまでも“正社員の補佐”のままなのである。

ダン!

リターンキーを叩く音が、まだ昼休み中でひとの少ない業務推進2課のなかに響き渡る。

「……そろそろ会議がはじまるから、僕はもう行くから」

ヒナの無言の圧力におびえたらしい課長が、少し気をつかいながらも、しかし威丈高な様子は変えずに行った

「資料はホチキスでとじて、持ってきてくれよ。会議室は、いつものところだから」
「わかりました」

我ながら無愛想だな、と感じる声で、ヒナな答える。

――次の契約更新で、切られるかな

心のなかに、そんな心配が湧き上がる。
そして、そう考えている自分が、少しおかしくなった。

――この会社の後継者を私が選ぶなんて……ありえない、でしょ

それが本当なら、お荷物部署の課長ひとりの機嫌くらい、気にする必要はない。
タイガに言われるまでもない。惣右介の話があきらかに現実味を欠いていることなど、誰よりもヒナ自身が理解しているのだ。