出会いは、一週間前の夜だ。
『男を待たせるようなバカ女は死ね』
急に押し付けられた残業で遅れる、と、婚活サイトで出会った男性に送ったメールの返事が、それだった。
泣かないように唇を噛みながら仕事を片付けて。会社を一歩出て、夜のオフィス街を歩く人の群れが目に入るなり涙が出てきて。
泣くのがイヤで、以前友達と入ったことのあるバーにかけこみ、ひとりカクテルを立て続けに数杯飲み干した。
そのヒナの肩を叩いてきたのが、惣右介だった。
「それで……あの……そのときには酔っ払ってて、正直あんまりおぼえてないんですけど……はじめは知らないかたなのでちょっと警戒してたんですけど、いつのまにか色々話してしまっていて……それで、最後に、おじいさ……じゃなくて会長が、“婿を紹介してやる”っていうので、是非お願いします! ってお酒の勢いで……」
ヒナが惣右介を「ボケ老人」と勘違いしたのがよほどにツボに入ったらしいタイガが、必死に笑いの発作を抑えている。
それに気づかないふりをしてあげながら、ヒナは、会長と知り合ったいきさつについてかいつまんで話した。
「信じてもらえるかわかりませんけど、これがその時に来たメールです」
見た時は悲しかったけれど、消さなくてよかった、と思いながら、ヒナはその婚活パーティで知り合った相手からのメールをタイガに見せる。
ヒナが話をしている間に笑いを収めたタイガは、そのメールをチラリと見て、フン、と鼻を鳴らした。
「……えっと……私の言うこと、信じてもらえました? べつに、わざと近づいたわけでも、怪しい意図をもっているわけでもないって……」
「多少はな。だが、相手が惣右介会長だからよかったものの、見知らぬ相手に自分のことをペラペラ話してしまうというのはどうなんだ?」
「会長が、話を聞くのが上手だったのでつい……」
「聞き上手な相手になら誰にでも話すのか? それはちょっと危機管理意識が足りないんじゃないか」
タイガの強い口調に、ヒナは少しムッとした。
「それはそうかもしれませんが、べつにこの会社の機密を漏らしたとかじゃなくて、単なる私の婚活の失敗談なので。誰に話そうと、私の自由じゃないですか」
ヒナの言葉にタイガは眉をピクリと動かした。
そして、ヒナに向かって、ぐい、と顔を近づける。
緊張していたせいか先ほどまでは気づかなかった、男性向けの香水らしいスパイシーな香りがふわりと漂ってきて、ヒナは思わずドキリとした。
「……やはり、怪しいな」
『男を待たせるようなバカ女は死ね』
急に押し付けられた残業で遅れる、と、婚活サイトで出会った男性に送ったメールの返事が、それだった。
泣かないように唇を噛みながら仕事を片付けて。会社を一歩出て、夜のオフィス街を歩く人の群れが目に入るなり涙が出てきて。
泣くのがイヤで、以前友達と入ったことのあるバーにかけこみ、ひとりカクテルを立て続けに数杯飲み干した。
そのヒナの肩を叩いてきたのが、惣右介だった。
「それで……あの……そのときには酔っ払ってて、正直あんまりおぼえてないんですけど……はじめは知らないかたなのでちょっと警戒してたんですけど、いつのまにか色々話してしまっていて……それで、最後に、おじいさ……じゃなくて会長が、“婿を紹介してやる”っていうので、是非お願いします! ってお酒の勢いで……」
ヒナが惣右介を「ボケ老人」と勘違いしたのがよほどにツボに入ったらしいタイガが、必死に笑いの発作を抑えている。
それに気づかないふりをしてあげながら、ヒナは、会長と知り合ったいきさつについてかいつまんで話した。
「信じてもらえるかわかりませんけど、これがその時に来たメールです」
見た時は悲しかったけれど、消さなくてよかった、と思いながら、ヒナはその婚活パーティで知り合った相手からのメールをタイガに見せる。
ヒナが話をしている間に笑いを収めたタイガは、そのメールをチラリと見て、フン、と鼻を鳴らした。
「……えっと……私の言うこと、信じてもらえました? べつに、わざと近づいたわけでも、怪しい意図をもっているわけでもないって……」
「多少はな。だが、相手が惣右介会長だからよかったものの、見知らぬ相手に自分のことをペラペラ話してしまうというのはどうなんだ?」
「会長が、話を聞くのが上手だったのでつい……」
「聞き上手な相手になら誰にでも話すのか? それはちょっと危機管理意識が足りないんじゃないか」
タイガの強い口調に、ヒナは少しムッとした。
「それはそうかもしれませんが、べつにこの会社の機密を漏らしたとかじゃなくて、単なる私の婚活の失敗談なので。誰に話そうと、私の自由じゃないですか」
ヒナの言葉にタイガは眉をピクリと動かした。
そして、ヒナに向かって、ぐい、と顔を近づける。
緊張していたせいか先ほどまでは気づかなかった、男性向けの香水らしいスパイシーな香りがふわりと漂ってきて、ヒナは思わずドキリとした。
「……やはり、怪しいな」