私は覚えている。
鮮明強く覚えている。

母はよく泣いていた。
父に怒鳴り散らされて、何も言えずに。
そう 静かに泣くんだ。

この記憶は5歳の頃。
真夜中に聞こえる父の大きな声に私は眠れずにいた。
隣で寝ている、まだ2歳の弟が起きないか心配だった。

私は寝室の戸をゆっくり開け、リビングの様子を覗き込む。
ああ、やっぱり今日も泣いてる。
言いたいことも感情も全て押し込めて。
それに対して父は剥き出しだ。
悲しくなってしまった、お互いが傷つけあう関係に。

だから私はその戸を開けて、二人の間に向かってみる。
まずは涙が止まらない母のもとへティッシュを無言で与えた。

その様子を見ても、父の態度は変わらない。
ああ、守らなくちゃ。
そう思った。
母が親として私を守るように、
私は子どもとしてでもなく、
ただただ傷付きやすい母を見守る覚悟をこの時決めた。

ずっと、強く刻み込まれている。
母と離れ、飛び出した今の私にも。