これを『運命の恋』と呼ばないで!

カチャカチャと規則正しいリズムを刻みながら先輩のキーボード操作は進む。
私一人では絶対に片付く筈のない残務整理を、今日も残ってやってくれているんだ。


「……すみません。昨日に引き続きお手を煩わせて」


嫌いな後輩の為に貴重な時間を使わせている。
私は無能な社員だけど、お詫びくらいは言っておこう。


「ああ別にいいよ。早く帰ってもやること無いし」


それよりも自分の仕事をしてしまえと呟く。
課内で一番の切れ者と噂される人は、話をしながらでもパソコンが打てるらしい。


(その時点で私よりも遥かに優秀だよ)


比べたら落ち込む。
それでなくても今日1日、皆の視線が気になって仕方なかった。


こそっと囁かれる声にビクついた。
話してるのは仕事のできない私に対する悪口じゃないだろうかと疑い始めると苦しかった。

先輩に言われた一言は予想以上に自分の心の奥底に突き刺さっている。

仕事できないというだけで人に嫌われる。

嫌われたくなければ出来るようになるしかない。


(でも…)


「でも」…と思う時点で私はダメなのかもしれない。
出来るように努力をする前に、今居るこの場所から逃げ出したくって仕方ないんだ。


(負けるな、夏生。仕事さえ終われば解放される)


後たった6日間の我慢。
それが終わったら退職願を出そうと決めたじゃない。

自分の気持ちを奮い立たせながらデスク上の帳簿と資料に向き合う。