『私は「バカ山」ではありません。「若山」と言います』


イケメンぶりはともかく、自分の名前をきちんと正確に伝えた。
けれど、先輩は憮然とした表情のまま冷たい笑みを浮かべるだけで。


『営業の足手まといだったからうち(総務)へ回されてきたと聞いたぞ。そんな奴にまともな名前はいらない。暫くの間「バカ山なつみ」で上等だ!』


語尾に笑いを含んだ言い方をされてしまった。


それからの毎日は散々だった。

教育係の青空先輩は、総務課の中でも切れ者だと噂が立つほど仕事が速くて正確。

こっちが1日かけても終わらない仕事を、たった2時間程でこなしてしまう。

おまけに字がとても綺麗で見易いと評判で、そんな人に教育してもらえるなんて「幸せねー」と、周囲の人からは羨ましがられたけど。



『とんでもない!地獄よ!地獄!』


言い切ったのは、総務課へ異動させられて半年ほど経った頃だ。

息を切らせて喋る相手は親友の藤山 智花(ふじやま ともか)。彼女はうちの会社の隣のビルで、個人経営のビューティーサロンを開いている。


『落ち着いて。ゆっくり話してよ』


剣幕に押されながら私の肩を制する。


『あの「青空奏汰」って男はとんだ食わせ者よ!周りの人達には穏やかで人当たりよく見せてるのに、私にはまるで正反対の態度をとるんだから!』


散々な日常を話して聞かせた。