「ねぇ、先生。」
「ん?」
「火星人が存在するっていったら、信じますか?」
どうしたの急に、と目を丸くしたままこちらを見つめる彼の表情は幼かった。
「珍しいね、ウリワリがそんなことを言うなんて。」
幼さを秘めたその表情はすぐに柔らかな微笑みに変わってしまった。先生は捲っていた雑誌を閉じて、膝を抱えて座る私の隣に座りなおす。
「今日は何かあったの?」
「火星人に会いました。」
「そう。ウリワリが初めて会った火星人はどうだった?」
「王子様みたいな人だったんですけど、なんだか作り笑いをしているみたいな…いかにも官僚って感じでした。」
「へぇ、ウリワリでも王子様とか言うの。その人に会ってみたいな。」
くすくす笑う先生に、私はむ、と口を尖らせる。
「多分、マキくんに言えば会えると思います。マキくん、あの人がいつ来るのか知ってるみたいだったから…。」
少し不貞腐れたような口調に彼は柔らかく笑って頷く。
「それで、ウリワリはどうだったの?楽しかった?」
「…楽しくは、なかったです。」
「そう。じゃぁ、辛いことでもあった?」
「そういうわけでも、ないです。だけど…なんて言ったらいいのか…。」
私が曖昧に言葉を濁すと先生は再び笑う。
「きっと、大人になったんだね。」
先生の言葉は、私の胸にストンと落ちた。なんだかくすぐったくて、だけどそれを認めてしまうのは少し切ない、そんな感情。
「先生は、お仕事どうなったんですか?」
胸のくすぶりに話題を変えようと私がそうたずねると、先生は先ほど捲っていた雑誌を開いた。
「ここで働くことになったんだ。」
大きな見開きに載っている真っ白な建物は図書館だった。たまたま見つけて、興味本位に足を運んでみたらなんと求人募集があった、とそういう先生は嬉しそうだ。
「小さい頃から本、好きだったし。でも、ほら、震災の時の津波で全部なくなっちゃったから。」
紙は水でやられちゃうでしょ、と言う先生の目には大震災の日の海が写っているみたいだ。
「今度はちゃんと守りたいんだ、守れなかったものを。世界を海に沈めちゃうほどの、過去の過ちを消さないためにも何かしたくなった。」
ぎゅっと握りしめた先生の手が少し震えている。私は視線を先生からそらして、膝をきゅっと抱きしめた。