マキくんが足を止めたのはそれから約30分後だった。
明らかに人工的に作られたであろう目の前のそれを、彼は通信基地と呼んだ。
洞窟のような場所に重く閉ざされた扉。その扉はすでに塗装が剥げていて、辛うじて大きく書かれた5という数字のみを読み取ることが出来る程度だった。扉の材質はコンクリートか何かだろうか。それとも重金属…?
とにかく、ここがマキくんの言った大人の隠し事、とやらなのだろう。
立ち尽くす私にマキくんはとんとんと肩を叩く。
「…晴れてきたね。」
彼が空を見上げると、朝方あんなにも街を覆っていた雪雲は薄くまばらになっていた。
「あんなに、曇ってたのに…。」
私が驚いたように呟くと、マキくんはどこか自慢げに笑った。
「その辺の天気予報士より当たると思うよ。」
「…みたいね。」
雲の流れていく穏やかな速度。その隙間から青が覗き始める。次第に差し込む光の量が多くなり太陽が見え隠れし始めると、マキくんの呟く声が聞こえた。
「そろそろだ。」
チカリと太陽の光が雪に反射した瞬間、ガシャン、と凄まじい音があたりを包む。その地響きに私は思わずしゃがみこんだ。何かが擦れていく音と金属音が混じり合う。数分続いたそれが終わって私がそっと目を開けると、マキくんが私に手を差し出していた。
「大丈夫?初めてだとびっくりするよね。」
その手に捕まって立ち上がると、目の前にあった扉は既に姿を消している。代わりに、私が見たものは大きな口を開けた洞窟の先。薄暗い闇に混じって見える舗装された人工的な道だった。

「…何、これ……。」
「だから、通信基地だって。」
「意味、わかんない…。」
この街にはアンテナも電波塔もない。これは確実だ。この街に来て1ヶ月、持ってきたパソコンはインターネットに繋ぐことが出来なかった。ここは通信なんて出来ない隔離された街だ、と私はそう思っていた。
なのに、通信基地だなんてそんな馬鹿げた話があるわけないのだ。
いや…あまりにも早計な考えだったのかも。仮にこれが過去の遺産だったとして、もう中の機器が故障しているのだとしたら辻褄はあう。
「まぁ、そういうことに答えてくれる人もいるから。」
私の心を読んだみたいにマキくんが答えると、私の背後からザっと雪の踏む足音が聞こえた。
「あ、ほら。」
マキくんが大きく手を振ったその先には、美しい服を身に纏った男が立っていた。

薄く淡い灰がかった髪に、海を連想させる青く深い瞳。薄い唇は桜がこぼれ落ちたみたい。まるで映画や本の中の王子様みたいだ。
「こんにちは。」
寒さなんてまるで感じていないかのように美しい声でそう微笑む男は、マキくんからその視線を私へ移した。
「初めまして。立ち話もなんですから、中へどうぞ。」
立ち振る舞いも美しく、ふわりと身を翻して男は洞窟の中へ足を進める。男が足を進めるたびに天井に取り付けられたランプがパッとついて、遠く続く道を照らしていく。マキくんに連れられ、私もその洞窟へ足を踏み入れた。