街が沈んで、2ヶ月が経とうとしていた。

寒さは少しましになったように思うが、相変わらず外は真っ白な雪景色に覆われている。この白の下に隠れた春が早く顔を見せないだろうか、と私は窓の外に想いを寄せることが多くなった。
先生とマキくんは相変わらずウマが合うのか親しくしているようだ。私と先生も相変わらず元先生と元生徒の関係を続けている。そして、私とマキくんはといえば、ちょっとしたギクシャクを除けば友好な関係を築けているのではないかと思う。
マキくんの笑顔はやはり苦手だが、彼の不幸自慢は私にとって苦い良薬だった。
前ほどの嫌悪感はなく、むしろ少し悲しそうに見えるくらいだ。
趣味が近いのか、博識な彼が私に合わせてくれているのか、話をすれば面白い程に噛み合ったし、一歩踏み出してしまえば良い関係を築くのに時間はかからなかった。
いつも、マキくんが一歩踏み出してくれているのが現実ではあるが。
他愛もない話をしている日もあれば、マキくんに駆り出されて雪かきを手伝わされる日もある。私の絵を描いている様子をマキくんがじっと見ている日があったかと思えば、先生と一緒になって料理を作ろうと言い出した日も。
「ねぇ、ウリワリさん!」
「…今日は、何?」
朝の6時にマキくんがやってきて3人で朝ご飯を食べることが習慣づけられ、それが終わればこうして彼が私に話を切り出す。まだ朝の7時か8時か、そんな時間なのにマキくんは一日の予定を立てるのがよっぽど好きなようだ。
「今日は晴れるからちょっと遠くまで行こう!」
相変わらず突拍子もなくて、それがまた彼らしい。
昨夜雪が降ったのか、窓の外は残っている分厚い雲でどんよりとしているというのになぜか晴れると言い切るところも。
「嫌。」
「どうして?!」
「…寒いから。」
「じゃぁ、俺のマフラーとコートと手袋と…あ!スノーシューズも貸してあげる!」
だから行こう、とマキくんは私の大嫌いなあの顔で笑った。
はなから私の意見など尊重する気もないくせに、こうして聞いたふりをして最終的には自分の意見を平気で押し通す。
「ね、それで良いでしょ?」
「嫌って言ったらどうするの?」
「無理矢理連れてく。」
「…ほんと大嫌い。」
私が小さく呟くと、マキくんはケラケラと笑って防寒具を取ってくる、と部屋を出て行った。
そんな彼と私のやりとりを先生は微笑ましげに見つめる。
「最近は仲良くしてるみたいで良かったよ。」
先生の言葉に私は小さく目を伏せる。
私をからかったつもりは無いのだろうが、過去に一度口にした苦手意識をすぐにひっくり返してしまったことが私には少し子供っぽく思えた。
なんとか話題を変えようと、私は新聞を捲る先生を覗き見る。
「先生は、今日は何するんですか?」
「んー、職探しかな?」
「遅くなりますか…?」
「いや、夕方には帰ってくるよ。」
彼はもう学校の先生になるつもりはないらしい。この街に学校がなかったからそもそもなれるわけもないのだが、学校があったとしても、もう先生にはならないと彼は言った。
「少し遠くまで行くつもりだけど、何か欲しいものとかない?」
「…いえ、今は何も。」
「そ。じゃぁ、何かあったら槙くんか大家さんに言うんだよ。」
「はい。」
とっくに冷めてしまったコーヒーを先生は飲み干して新聞を綺麗に畳んだ。新聞の角をきゅっと綺麗に合わせるそれがどうやら先生の癖らしい。
几帳面な性格なのだろう。物を散らかしているところは見ないし、私が出しっ放しにした物もいつの間にか片付けている。私にとって先生はいつも器用で大人だ。
「…どうしたの?」
「あ、いえ。先生が、仕事探しってあんまりイメージにないっていうか。」
「あはは、さすがに職探しくらいはするよ。」
「…そうですけど。」
私がふいと視線を逸らすと、先生は私の頭を二、三度撫でた。