溺れる恋は藁をも掴む

 男と女とか付き合うとかに、ずっと興味が持てなかったんだ。

 心には、喧嘩ばかりの父親と母親の姿が深く刻まれていて、どんなに恋しくて、恋愛をして、結婚までして家庭を持っても、歯車が狂えば、愛なんて形が無残にも歪んでしまうのを見てきたから……

 ーーそういうの面倒だと思っていたーー


 だけど‥‥‥
 百合には安心出来たんだ。

 雁字搦めだった心が、百合の前だと自然にほぐれていった。

 不思議な魅力を持つ女だった。


 「晶君、
今はさ、取り敢えず受験に没頭して、大学生になってから、この先の事を考えてみたらどうかな?

 やる事がないとさ、イヤな事ばかり考える思想家止まりよ。

 逆に、目の前に目標が出来るとさ、人は輝くんだってさ!

 どうせなら、晶って名前なんだもん、輝いてみたら?」


 百合の言葉が俺の心に染みていった。


 それからは、塾の夏期講習を受けて、帰り道に百合の家に寄ったりする生活が始まった。

 1日に一度は、百合の顔が見たくなった。

 水商売の女の割には暮らしが質素な百合。
普通のワンルームのマンションに住んでいて、
出勤前に寄ると、ノーメイクでラフな格好の百合が居た。


 「晶君が来るからさ……
ホットケーキ作ったんだけど、どら焼きになっちゃった」


 「それ、焦げただけだろ!」

 「あんこ挟めばどら焼きになるよ!」

 「あんこ、俺、苦手!」

 「あっ、そ!
疲れているだろうと思って、甘いおやつ用意したのに……」

 「あんこなくても、大丈夫だよ!
今度、俺が作るね。
百合さんより上手だし」

 「あら、そ!
なら、作ってよ!」

 漫才みたいなやり取りした後で、必ず百合は笑った。

 俺はね、その笑顔のお陰で、少しずつ自分を取り戻していったんだ。