溺れる恋は藁をも掴む

 母さんは綺麗な人だった。

 幼稚園の頃から、友達に『お母さん美人だね』って言われると、子供心にも、 それは嬉しくて、自慢だった。


 家でどんなに辛い喧嘩があっても、外に出れば、それを微塵も感じさせない強さもあった。


 でも、すっかりやつれてしまった母さん。
髪に白髪が目立つようになった。


 
 学校などのPTAがある度に、TPOに合う洋服を選び、髪を染め、化粧をして、綺麗な姿で来てくれていた。

 女のプライドみたいなものが、あの人を支えていたのかもしれない?




 親父が変わりだしたのは、柊が生まれた頃だった。


 勤めていた会社で人事異動があった。

 元々、製本などの技術に携わっていたのに、
人柄の良さと真面目な性格を買われ、営業職に抜擢された。


 親父の勤めていた会社は、いろんな会社などの、パンフレットや看板などを手掛けていたが、新しく、求人広告などの折り込みチラシなども、手掛けるようになった。

 営業などをした事のない親父。

 それでも社長や人事担当者から、『現場を知っている牧瀬君に任せたい。一緒にやってくれないか?』って、頼まれたらしい。

 頼まれたら断われない親父。
製本技術の仕事が好きだっただけに悩んだ。


 悩んだ挙句、営業職をする事になった。
全く、畑違いの仕事。
来る日も来る日も取引先に頭を下げて、頼んで回る日々。


 飛び込み営業の仕事もするようになったり、求人広告の新規事業を立ち上げる為、雇ったパートさんの面倒などもみるようになった。


 毎日、仕事から帰るとグッタリとしていた。


 新規事業がなかなか軌道に乗らず、上司に怒鳴られたりする日も続いた。




 『こんな事なら、製本技術の仕事をこなしていた方が、良かった』




 最初は、そんな嘆きから始まった。