そんな親父は、高校を卒業後に印刷会社就職し、元々は製本などの技術を担当していた。

 母さんは親父より三つ年下で、その会社で事務員をしていた。

 新入社員だった母さんに熱烈にアプローチをし、二人は付き合うようになり、結婚した。

 ーーいわゆる職場結婚ーー

 親父は母さんに一目惚れをしたらしい。

 母さんは小さな俺に言うんだ。

 「お父さんね、甘いものはそんなに好きじゃないのに、三時の休憩になると近所のたい焼き屋さんから、みんなの分のたい焼きを買ってきて、配るのよ。

 どうしてだと思う?」
 
 母は嬉しそうに話していた。

 「ママが好きだったからよ。
ーーたい焼きがね」

 「へぇー」

 小さかった俺は、そんな話をする母さんに耳を向け、喜んで聞いていたんだな…

 「社内報でね……
あっ!! 会社の新聞の事ね。
新入社員の自己紹介っていうのがあったの。

 あっくんに分かるかな?

 会社に新しく入りました。
よろしくお願いします!っていう紹介なんだよ。

それにママが載ったの。

 好きな食べ物は?って聞かれてね、『たい焼き』って答えたの。

 それを見たパパが、休憩になると買って来てくれて、事務所に寄ってみんなに配ってくれたのよ。

『疲れたら、甘いもん食べたくなるでしょ?
食べて!』って言いながらね。

 もうね、毎日、毎日よ。
さすがに飽きるでしょ?

 パパにね、『毎日悪いです』って言ったらね……

 『好きなんだよね?』って不思議そうな顔をしたの。

 パパは、たい焼きをママに渡す事で、一言でも話せるのが嬉しかったって言うのよ。


 もうね、ママ可笑しくて。
でも、そんなパパを好きになったんだなぁ……


 だから、今、あっくんが時々見る、怖いパパは違うパパなんだよ。

 パパも苦しいんだよ。

 心が弱って、ぶつける相手がママしか居ないの。

 元々のパパは優しくて気遣いが出来る人。

 今のパパは、そんな辛い事を隠したいのに、隠しきれなくて鬼のお面を被るしかなかったのよ。

 大人ってね、大変なんだよ。

 大変って漢字知ってる?
大きく変わるって書くの。

 大きく変わらなきゃ、自分が自分でなくなってしまうんだよ……

 ずっとこのままじゃないから、辛抱ね。

 あっくんとしゅうちゃんは、ママが守るから。


 あっくんはいいお兄ちゃんになったね。

 ママはそんな優しいあっくんが大好き!」